十一章/剣と鞘(前編)―覚醒―

 

正義を目指した男の悲劇は、まず人を愛してしまったこと。

もしも、人を殺すために人を殺すことでしか人を救えないのだとしたら、まず男は人を愛してはいけなかった。天秤の測り手であるならば、正義の味方は平等であるべきなのだ。

しかし、正義の味方である男は人を愛してしまった。

人を愛し、幸せになった。子供もできたし、孫だって出来た。普通の人間としての最期を迎えようともしていた。いつのまにか正義の味方は正義の味方ではなくなったことを理解し、自分のおろかさを呪った。

幸せな日々を失いたくなくて、目を逸らし生き続けていた己の人生をやり直すために。

 

遠坂と暮らした日々は確かに幸せだったし、人並みに生きてこれた。だけど――――――。

 

「これ以上は譲れない」と、正義の味方は長年連れ添った魔術のパートナーに告げた。

―――――これ以上ともに居れば、きっと甘えてしまうから。

そう、決意して。

―――――自分でも正義の味方の末路は変えることが出来なかった。

と、遠坂は諦めた。

 

自分の怠惰と正義の夢を背負った少年はいつしか、大人になっていて。

その誰かさんに似ている背中を少女だった、遠坂は止める事ができなかった。

 

そこで、交わっていた一つの物語がそっと2つに分かれたのだと思う。

 

『衛宮士郎』は己の信念を突き通す事を誓い。

『遠坂凛』はその背中を見送ることを選んだ。

 

それによって、ある一つの悲劇が訪れようとも知らずに。

 

時は更に、進み。

孫たちが、魔術師としての教育を始めたころの話。

事件が起こった。

 

 

*****

 

再生される悪夢。

夢の中、私はアサシンの夢の中でただ、身を震わせることしかできずに、その脳裏に再生される映像を繰り返していた。

本来、私にはおじいちゃんの記憶なんてない。だけど、さっきから繰り返される悪夢は確かにおじいちゃんの人生だった。

そして、その人生の最期は必ず―――――自分の顔で終わるのだ。

 

それが意味することは一つ。

「私が」

そう

「私が殺したの?」

―――失っていたピースが今、偶然手の中に或る。

 

何で忘れていたのか。

何で今まで忘れていたのか。

そもそも、なんで忘れるということがあるのか。

パズルのピースが、嵌る。

 

「そうよ」

アサシンの格好をした女が微笑む。この女に突き刺された胸は痛くない。だって、なんてい一滴も出ていないのだから。だけど、それによって無理やりはめられた記憶のピースが、痛い。

 

そう、アサシンは鍵に過ぎない。

アイツが外に出るために用意した鍵。だから、目の前のアサシンは幻覚に過ぎない。記憶の内部に閉じ込めた『悲劇』を開ける鍵―――――。

そして、その鍵は開けられてしまった。

「あ……ぅあ」

突き上がる衝動。

口の端からは涎がたれ続け、みっともない姿。雅である事が遠坂の血を継ぐものとして、大切なのに。

 

それでも、こうせずには居られない。

こうでもしなくちゃ、押さえ切れそうにもない。

 

そして、また。

 

 

孫の名前は遠坂華と葉。

華は凛のほうの血筋を濃く継いだ。おかげで、魔術の腕も素晴らしいものだと、遠坂凛は自慢げに話す。

一方、葉は俺の方の血筋を濃く継いだらしい。髪は茶色で、瞳は琥珀色。長い黒髪を特徴とする遠坂の血筋には無いタイプの子供。

それでも、魔術のセンスはあるから教え甲斐があると、笑っていた。

投影魔術を齧っておきたいから、華と葉を預けさせられたこともある。

だけど、満ち足りた日々に嘆息した。

『凛、そろそろ俺はアイツと約束したことを守らないと』

――――約束。

あの、失うばかりだった戦い。その中で手に入れた考え。

あいつが最期まで信じてやれなかった、理想を俺が守ってやらないと。

だから、だからこそ俺は魔術のパートナーであり、師匠だった凛に告げたのだ。

それなりに年だったし、もうどのくらい生きれるかなんて高が知れている。でも、今まで目を背け続けた分、人を救いたいと願う正義の味方がそこにいた。

『そう、結局私はアンタを救えなかったってことか』

そう呟いた凛は、悲しそうに俺を見据える。

『じゃあね、士郎。アンタとすごした日々は楽しかったよ。だけど、心残りなのはアイツとの約束を守れなかったことかな』

微笑んだ遠坂はそれでも引き止めず、それが士郎の選んだ道なら、引き止める権利は私には無い、と言って見送ってくれた。

 

俺は『衛宮』に戻って、鈍った体を鍛えなおし、時を待った。

戦争が起きたと聞けば、その場所に足を運び。

諍いが起きたと知れば、諍いを収めたりもした。

親父から引き継いだ正義の理想は、ようやく息を吹き返した。

 

そうして、戻った日本。

 

「遠坂」はもう居なかった。

 

空虚にあいた穴を埋めるものは何も無く。

ただ、俺は正義の味方としていき続けた。

その間、遠坂は何を思い逝ったのかでアタマがいっぱいだった。最期を見ることが出来なかった自分を呪いながらも、それを身に刻むように、人を救い続ける。

『故にその生涯に意味は無く』―――――結局、俺は何も救えないのか。

違う。

身近な人も救えず。ただ、闇雲に走り続けた結果がこれなら。アイツと変わらない。

違う。

だから、なのか。

 

間違えた道に進んだ俺を待つのはBAD END

爛れた果実を、嚥下する様に。

救えなかった命が、嬉しそうに喉を鳴らす。

どうして―――――気付かなかったのか。

そうだ、俺は一人では何も出来ない。何も気付かない。だってあまりにも身近すぎた。

近ければ近くなるほど盲目になってしまうと言うことも忘れて。俺は、その落ち度を認める。

 

コレは自分の招いた結果。

 

投影(トレース)――――開始(オン)

だから、せめて楽に死ねるように。一撃で。殺そう。

 

(何を、するの?)

おじいちゃんが持つのは、陰と陽を模した剣。

それが私に振り下ろされる。

 

「ごめんな葉……俺が、正義の味方なんてもののせいで」

涙をこぼす。小さな体は、呆然(陶然)と口からたれる血をそのままに微笑む。

 

その笑顔は

 

 

とても、誰かに似ていた。

 

 

*****

 

私は吸血鬼。

そう、思い出した。

あの頃、町では奇妙な事件が立て続けに起きていた。

死体には吸血鬼に噛まれたように、噛み跡があったこと。そして、なにより血が一滴もないと言うこと。

そして、私はそれに噛まれた。

「あああ」

私は一度死んだ。そう遠坂葉は既に死んでいた。血を吸い尽くされたあのひ、確かに死んだのだ。

だけど、蘇った。魔術師であった私は霊的ポテンシャルも備えていたのだろう。

私は生き返った。人としてではなく、吸血鬼として。

 

そして、おじいちゃんはそんな私を殺そうとした。

 

だけど、おじいちゃんは―――――私を救った。

おじいちゃんが干将莫耶で私を切り倒し、死に掛けた私を救った。

この身に封じる、聖剣の鞘によって。

 

 

最期。

私が噛み切り咀嚼したおじいちゃん。

おじいちゃんは最後の力で私に一撃を食らわせ、弱った吸血鬼の私は一度意識を失った。

その間、おじいちゃんは聖剣の鞘を自分の体から移植し、人間の私を救ったのだ。

どうしてこんなことを知っているか?

そんなことは簡単だ。おじいちゃんは、鞘を体から摘出し、私に移植するほどの魔力が無かった。

そんな状態で、おじいちゃんは私に移植したのだ。

己の力が全て鞘に吸い尽くされることも厭わずに。

 

 

つまり、私の中にはおじいちゃんが居る。

正確には、おじいちゃんの魂を持った魔力だけども。

 

 

「あ、あああああ」パキンと鍵が完璧に壊れようとしている。

 

聖剣の鞘は、私の傷を癒すことは出来ても、覆すことは出来なかった。

つまり、聖剣はただの鍵止めにしかならなかったと言うことだ。そして、その鍵が止めたパンドラの箱の中には―――――――――。

 

「あぁぁあぁぁあああぁぁぁああ!!!」

 

 

吸血鬼(わたし)

Publish at :2008/11/11(Tue) 14:45

  • 十章/協定
  • 九章/狂戦士の影
  • 八章/正義の果て
  • 七章/死の舞踏
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