泡沫の夢・中

 

いつか、終わることは分かっていた。

いつか、消えることも知っていた。

時は永遠ではない。だから、いつか終幕と言うものが訪れることは覚悟していた。

 

――――だけと、この幕引きはあまりにも悲劇だ。

 

「ああ」

 

そうか、そうなんだ。

 

やっぱり、人を殺した私は一人で死ぬのか。

誰も居ない。空っぽの葬列。

 

「じゃあ、仕方ないか。全部、全部私が悪い」

 

人の未来を奪った私に、人並みの幸福(日常)が手に入るわけ無いんだ。

そんなこと、とっくに分かっていたはずだったのに。私は余程黒桐幹也という存在に惚れこんでいたらしい。

だから、あいつは私と居るべきではない。

 

私が、一度だけ信じた唯一の希望だから。

日常を象る存在であるあいつは非日常に生きる私となんて関るべきではなかったんだ。

 

これで、終わりにしよう。

私が信じて、裏切られて、実感した―――――――――一つの物語(ありえない日々と)と。

 

……………あいつが、信じた私を。

 

*****

 

「もう、ここには来ない」

「そうか、では寂しくなるな。………しかし、いいのか?あいつの事は」

「ああ、これが私なりの礼儀だ。すっぱりと縁を切らないと。私はまた甘えてしまう。今度会うときは、お互いの道を行くとき。……――――もしくは、私があいつを殺すとき、だ」

「そうしたくないから、もうここには来ない、か」

「………ああ、すまないな。色々と勝手で」

「いいや、別にいいさ。お前たちの間に何があったのかも聞かないでおいてやる。しかし、アレはお前が望んだものだぞ?逃がしていいのか?」

「―――――これは、俺が背負うべき咎だ。黒桐は関係ない。俺が犯した殺人はこういうことなんだ。一人殺した。だから、自分の人生とその結末である死。その過程で幸せになるということは、許されない。だから、あいつは悪くないんだ」

「ふん、お前がそう思うならいいさ。とにかく、これで最後になるわけだが、なにかしてほしい事でもあるか?」

「何も。ろくな事が起きないからな。………あぁ、そうだ。これ、返す。橙子のだろう?」

「ん?このナイフは……、確かに私のだが。いいのか?」

「ああ、これで、もう俺と橙子の繋がりは無くなった。案外楽しかったよ」

 

「そうか―――――――――ではな」

「ああ、じゃあな。あと、この町に殺人鬼が現れたら自分の穴倉から出ない方がいい。これは、忠告だ」

 

*****

 

2月。

凍えるような日々が、少しずつ緩和していっているこの頃。

一つの悲劇が幕開けした。

 

「……えらく、タイミングがいいな」

 

タバコを銜え、テレビを見つめている所長が、訳の分からないことを呟いた。

「何かいいましたか?」

「いや、少しな」

僕の方を見ずに、ただ、食い入るようにテレビ画面を見ている。

そのテレビ画面には、こう書かれていた。

「連続通り魔――――、殺人鬼再来?」

 

テロップに書かれている文字をなぞるように呟いたとき。僕は言いようの無い不安に駆られた。

殺人鬼再来――――そんなわけが無い。だってそうだろう、殺人鬼は、先輩は式が殺した。

再来なんて言葉は正しくない。だって、もう殺人鬼は死んだのだから。

「………いや、あながち間違っていないかもな。この表現」

 

橙子さんはタバコを灰皿に押し付け、火を消す。

ジュッ、と乾いた音が沈黙が漂う室内で割合大きく響いた。

 

「どういう意味ですか、橙子さん」

きっといい返事、回答が返ってこないのを予想して、問い詰める。分かっているが、理解したくない。したとしても、僕は認めないつもりだ。

 

「再来と言う言葉は正しいと言ったのだよ。黒桐、いいか。この町にはもともと殺人鬼が二人居た。後天的な者と、先天的な者がな。前者は早くに人を殺し、後者は前者を殺した。ここで、殺人鬼は一人に減る。じゃあ、この町に残っているのは後一人だけだ。その報道があっているなら、大よそ見当ぐらい付くだろう黒桐。殺人鬼が血を求めて、再び徘徊を始めたんだよ(・・・・・・・・・・・・)

 

乾いた笑いが、酷く癇に障る。

殺人鬼は死んだ。しかし、町には二人殺人鬼が居た。

死んだのは人を殺し続けた殺人鬼。

生きているのは、人を殺さなかった殺人鬼。

 

「黒桐。一度血の味を覚えた獣はそれを求めてしまうようになる」

 

だけど、人を殺さなかった殺人鬼は、殺人を侵し続けていた殺人鬼を殺した。

つまり、血の味を覚えた獣と同等。

 

「違う、式はそんなことしない!式は人を殺さない――――――っ!?」

半狂乱になっていた僕は、机を強く叩く音で現実に戻る。

事務所内に、橙子さんの鋭い殺気が充満していた。

--――――あの、橙子さんが、怒っている?

 

いつも冷静で、落ち着いている橙子さんが?

「橙子さ―――――」

「お前に式を弁護する権利は無い」

 

冷たく、それで居て残酷な声が僕を突き刺す。

 

「式に何をしたか分からんが、もしも町で起きている通り魔事件が、式の仕業だとしたら、お前のせいに他ならない。式は、今まで耐えてきたんだ。自分と言う存在をかき消すほど強大な殺人 衝動に。それが爆発したとなれば、町の人間はほとんど刈りつくされるかもな。それでも、お前は式を受け入れられるのか?式を裏切ったお前には式の痛みなど到底理解できんよ。理解するなら、それこそ式に殺されなければ、な」

 

橙子さんはコートを乱暴に掴み、羽織る。

 

「別に私には関係ないからな。そして、お前にも関係ない。せいぜい殺人鬼に殺されぬようにな。役不足の部下でも死なれると後味が悪い。………まぁ、止めはしないが。一つだけ忠告してやろう。アレはもう獣だぞ。話し合いなど到底不可能だ。あいつは血の味を覚えた。―――――なら、狂うのは必須だろう?」

 

クスリとあざ笑い、事務所を出て行く橙子さん。

僕は事務所に一人、ただ呆然としているしかなかった。

 

*****

 

今より2ヶ月も前。

 

それは僕がへべれけに酔った鮮花を事務所へ送り届けている最中に起こった。

 

どうして鮮花がこんなに酔っているのか分からなかったが、夜に外で歩いていたら丁度鮮花がおぼつかない足取りで、繁華街を歩いて居のである。

夜の繁華街は危険だから、と僕は事務所に送り届けようとしたのだ。

まぁ、理由は僕の家よりも事務所のほうが近いからだが。

 

外泊届けは出していると呟いていたので、どうせ橙子さんと飲んでいて、帰り道はぐれてしまったのだろう。

 

だとしたら、心配させる前に、僕が送り届ければいいか、と鮮花を背負って事務所に向かっていた。

「兄さん」

大分酒が抜けたのか、はっきりとした声で僕に問いかける鮮花。

 

僕は歩きながら、後ろの鮮花に聞こえるように聞き返した。

「どうした?」

すると鮮花はいきなり

 

「兄さんは式が好きなのですか?」

 

こっちの心臓が飛び出るような質問をしてきた。

「な、な、なんで?どうか、し、し、したのかな?」

たぶん、いや、絶対声が裏返っていただろう僕に鮮花はいたって冷静に

「どうなんですか?」

と再び聞き返してきた。

 

僕は真剣な声音に負け、白状することにした。だって、隠したところで鮮花にはすぐにばれてしまうだろうから。だから、とっとと白状した方が楽だ。

 

「うん、僕は式が好きだと思う」

 

それでも、確定じゃないのは僕なり気の迷いだった。

橙子さんと、式から聞いていたし、いくら鈍感だからって僕だって気付いていた。

鮮花が僕のことを好きだと―――――――。

 

だから、傷つけまいと少しでも傷をつけないように。僕なりに気を使ったのだが。

酔っている鮮花相手にそれが悪かった。

「そうですか――――。なら、まだ私の入る余地はありますね」

「え!?」

男の僕でも尻餅をつくほどの力で押し倒され、それに馬乗りになる鮮花。僕は呆然とそれを見上げることしか出来なかった。

「な、何をするんだ」

「何って、何ですよ?」

「なっ!?ん、んむぅ」

 

反論しようとする僕の唇を鮮花が無理やり奪う。

 

それが2ヶ月前のこと。

そのとき僕は気付かなかった。式がその場に居たことも。

そして、全て見られていたことも。

 

*****

 

「いままでその記憶がすっぽりなくなっていたんだけどね」

「すみません。あの時は少しおかしかったんです。だから、我に返ったとき恥ずかしくて………勢いよく殴っちゃいました」

 

どうして今まで思い出せなかったのかを思い出して、鮮花に問いただすとあっさり白状してくれた。

どうやら、鮮花は純粋に酔った末にやってしまったらしい。だから僕の唇を奪った直後、我に帰って僕を思いっきり殴ったらしい。我ながらお茶目な妹を持ったものである。

 

………とにかく、やはり負の感情を抱いているのか、鮮花は僕の用心棒として、夜の巡回について来てくれた。

橙子さんは止めておけ、と言ったがそれはつまり式は確かに通り魔事件に関っているということだ。

だったら、僕にほっとくということは出来ない。

なんであれ、式がああなったのは、僕のせいなのだから。

 

人気の無い闇が支配する夜の世界。

昔、式に言われた気がする。

「夜に蔓延るのは、異端。だから、夜に散歩する俺は間違いなく異端なんだよ」

そういっていた式は悲しそうだった。

今でも覚えている。たぶん、式は誰よりも強気でそして誰よりも儚い。

 

だからこそ、守ろうと誓ったんだ。

 

「いっただろう、君の罪は僕が背負うって」

 

行く道は定まっていないけど、僕は彼女を救わなければいけない。

それは、使命以前に約束だったのだから。

約束は守らなきゃいけない。

そうして、しばらく歩いただろうか。

僕と鮮花は繁華街を抜けて、薄暗く月明かりも届かぬ路地裏へ迷い込んだ。

ただでさえ人通りが少なくなっているのに、それが更に輪をかけて酷い。

 

いや、人通りが少ないだけではない。ここは何か嫌な感じがした。理由は分からないけど、悪寒が止まらない。

なんて、嫌な感じ―――――――。

 

そうだ、この感じは。

 

「死の、におい」

そっちの方はからっきしの僕でも感じられるほどの濃密な死の香り――――。

なるほど、だからこんなに嫌な感じなのか。人が寄り付かないのも頷ける。だって、ここには生気が無い、まるで死んでいる。

死都に誰も立ち寄らないように、ここもそれと同じようなものなのだろう。

 

「兄さん、下がってください。何か来ます」

 

鮮花が火鼠の手袋をはめた。

それは魔術を使用する、ということ。まだ、修行不足である鮮花は火の加減が出来ないためそれを身に着けているらしい。

 

鮮花は構える。

 

武道も少しは嗜んでいるという鮮花、いざとなったらそっちの方にも頼るつもりなのだろう。

 

「成程な、こちら側に来る為に鮮花を引き連れてきたか、黒桐。異端は、異端を呼び寄せるというからな。滑稽な真似をしてくれる、お前も」

 

凛、とした声が冷たい。

聴きなれた声が、酷く、痛い。

式の声には親しみなど一欠けらも存在していない。

こちらを突き放すような、冷酷な、声。

 

「言葉は人を殺す、か。随分野蛮になったものね、式。眼だけじゃ飽き足らず、口でも人を殺せるようになったの?殺人鬼」

 

鮮花は鼻で式をあしらった。何のつもりなのだろうか?

挑発をしてしまえば、式を逆なでするだけだ。

僕は、鮮花を伺う。

「………大丈夫です。今のままじゃ式が見えない。あっちは街灯で私たちが見えていますが、私たちは見えていないんです。少しでも有利にする為にこちらに踏み込ませるんですよ。準備は出来てますから」

 

確かに、そうか。

僕たちは声しか聴いていない。何処にいるかなんて、わからない。

夜の闇が濃いせいもあるだろうが、ここには街灯が少ないため全体の形が分からない。

場の状況が不利すぎる。

 

しかし、月の女神に僕らは恵まれた。

翳っていた月が顔を覗かせて、僕と鮮花、式を照らし出す。

 

そして、血にまみれた路地裏までも―――――――。

 

「なっ、式、あんたまさか。本当にっ!?」

「なにが、本当なんだ?こうなることを予期していたんだろう?黒桐だって俺が殺人鬼だって思っていたんだろう?何を驚く?俺は生粋の殺人鬼、人を殺し、世界を殺す」

 

藍色の着物は赤く染まり、頬も血で塗れ、ナイフには赤い血が滴っている。

濃密な死の香りは、血のにおい。

赤で塗れ、月さえ赤く見えるこの場で唯一蒼く輝くは、万物を殺す魔眼。式の眼には今、世界の死が見えているのだ。

そして、僕たちの死も―――――――。

 

「本当に、式君が殺したのか?」

「……―――――」

 

無言、式は顔を俯かせ、血に塗れた自分の体を繁々と見ているようだ。

 

「そうか」

 

しばらくの沈黙の後、式が何かを納得したように―――諦めるように―――呟く。

体を抱きしめ、寒さに震えるように、自分を守るように。

 

「お前も私を疑うんだな」

「え?」

「あんまりだよ、黒桐。おまえだけは、私を信じてくれると思っていた。分かってくれると思っていたのに――――」

 

何が起きたのか分からない。

だけど、自分がしてはいけないことをしたことだけは理解できた。

言ってはいけないことを言ってしまった。アレだけ誓ったのに、式を信じ続けると。

なのに―――――。

 

「もういい」

 

また僕は式を傷つけ、その分式との距離が開いてしまった。

 

「見逃してやる、消えろ人間。私の前から消えうせろ―――――――――!!!」

 

式は獣の如き咆哮を響かせ、その勢いのままナイフを建物の側面に突き刺した。

「ヤバイです、兄さん。今日はここで引き上げましょう」

「どうし……」

「見て分からないんですか!?式は建物の死を突いたんです。このままじゃ私たちも巻き込まれます!」

確かに、がらがらと崩れる音が聞こえている。

ということは、このままじゃ本当にヤバイのだろう。

でも、それは式とて同じことだ。路地裏は行き止まり、僕たちを追い越さなければ、式だって巻き込まれてしまう。そうなれば無傷ではすまないだろう。

 

「式!来るんだ!はやく」

伸ばした腕。

しかし、それは届くことなく。

大きな瓦礫によって、遮断された。

 

「式、しき――――――――!!!」

 

叫んだ声に答えは無い。

建物が路地裏に積もるように崩れ落ち、僕たちは、それをただ呆然と見ることしか出来なかった。

 

*****

 

去りゆく黒桐幹也と、鮮花を見下ろす。

足場であるビルが倒壊したときはあせったが、式を助けることが出来たからよしとする。

「それにしても、私の忠告どおり式を探したか。さすが、私の部下だ」

 

私は己の血で染まる式を抱え、事務所に急ぐ。

大怪我ではないが、この出血量だ。ぽっくり逝きかねない。

 

「くく、さて。そろそろ仕上げかな」

 

――――――――橙色の魔術師は月をバックに笑う。

 

泡沫の夢、崩れた未来を死に掛けの殺人鬼は夢に見る。

 

平穏は、遥に遠い。

 

Publish at :2008/09/09(Tue) 22:40

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