九章/狂戦士の影

 

寂れかけた教会の真ん中で祈りを捧げる少女がいた。

 

*****

 

私は神に祈りを捧げる。

――――生まれてきたこと。

――――こうして生きていること。

――――この戦いに参加できたこと。

感謝して、そして同時に恨んで。

運命は無情だ。故に―――、私は世界を憎む。

 

何故、世界を憎む?………昔、私を拾った女性が言った。

私は傷ついた体を守りながら、精一杯に答えたのを今でも覚えている。

忘れない。

あの日、私は復讐者になったのだから。その日の事は今でも、そしてこれから先も忘れない。

 

「君は何の為に戦うんだ」

 

考えに耽る私の耳に、聞きなれる声が響く。

礼拝堂に2つの靴音。

 

一つは私のサーヴァントのものだ。

「消えていいわ。バーサーカー」

私は命じ、私のサーヴァントであるバーサーカーはその命令どおり、霊体化した。

 

「さて、とあなたは確かキャスターね?どうやら、私のサーヴァントに救われたみたいだけど。実のマスターに危うく黒焦げにされるところだったなんて、サーヴァントとして情けないでしょう?最弱のサーヴァントだけあるわ。まぁ、貴方のマスターが普通のマスターよりも異常なのだけど。………で、裏切り者がなんのよう?契約が切れているようだけど」

 

私は目の前に立つ男、赤い外套を身にまとうサーヴァントキャスターを侮辱する。

私にとって、彼らは願いを叶えるただの道具に過ぎない。

 

よって、意思を尊重する理由もない。

 

だから、理性がないサーヴァントを召喚した。

 

「………君の言葉は的を得ている。確かに、私はマスターを裏切り、結果令呪と拠所をなくした。本来なら消えていてもおかしくないのだが、マスターがその前に命じた2つ目の令呪がまだ有効しているらしい。必ず生き延びろ………、そのせいで私はマスターも居ないのに今もまだ現界している」

「………貴女のマスターも甘いものね。手札が2つもあるのだもの。一つが噛み付いてきたら、すぐに切り捨てればいいのに」

 

キャスターのマスターは今回聖杯戦争で2つの駒を用意した。

元から生き残っていたセイバーと、新たに召喚したキャスター。

普通、自分のサーヴァントが裏切りを謀ったら、マスターと言えど無傷ではいられない。むしろ、それが理由で敗退したマスターも過去には存在した。

しかし、キャスターのマスターは飼い主に噛み付こうとした飼い犬を野放しにしたのだ。

 

「いいわ、契約よ。キャスター、貴女の拠所を作ってあげましょう」

 

このサーヴァントが大人しくこの場に訪れたと言うことは、そういうこと。

このサーヴァントは、目的があるのだろう。

だから、みすみす消えることはできないと言うわけだ。故に、ここに訪れた。

 

「待て。その前にもう一度、問う」

「――――何?」

「君は何の為に聖杯を求める。アレから聞いているだろう?既に聖杯は穢れ、願望機としてとして機能していない――と。何故、聖杯を求める?」

 

そんなもの、こいつに教える筋合いはないのだが―――――。興が乗った。

すこしだけ、昔話をしてやろう。

 

*****

 

 私は人間として、15歳まで普通に暮らしていた。

優しい両親の元で平和な日々を過ごしていた。

その日々が、とても幸せだった。――――――――そう、あの日まで。

 

 

 その日、私は祖母に呼ばれた。

 姉と違って、あまり祖母と面識が無かった私は、15歳の誕生日に怯えながら祖母の工房に行ったのを覚えてる。

 

 祖母の工房は、とても嫌な空気で満たされていた。肌に張り付く湿気に似たような不快感。

 私は、どうして呼ばれたのか理解できずに、ただそこで立ち尽くしていた。

 このとき姉は既にアトラスの錬金術師になっていたのだが、魔術師云々と関ってこなかった私は知らなかった訳だ。

 そんな、無知だった私に、祖母はある男を紹介した。

「この人はお前の夫となるもの」

 祖母は私の両肩に手を置き、夫――――つまり、男を紹介したのだ。

 私は受け入れなかった。自分の相手ぐらい自分で探せる、と。しかし、祖母は両肩に置いた手で強く私の肩を掴んだ。まるで離さないとでもいうように。

 

「お前の姉は魔術師の家系であるアルワイン家を継ぐものだ。我が家の血筋を残すための重要な器。―――――だが、わたしにとって、お前の魔術回路には惜しいものがある。フィオナには及ばないが、爺さん似の美しい魔術回路。………だから、私はお前の魔術回路を有効活用しようと思ってね。きっと、いい卵を産んでくれる」

 

 何を言っているのか、さっぱり理解できない。

 だけど―――――。

 

「お前は、無知で何も知らない一般人だが、アルワインと魔術師の名家を繋ぐ橋渡しになるのだよ」

 

 だけど、理解する。

 この人は普通じゃない。

 このままじゃ、私は壊れてしまう。

 

 どうしてかは分からないが、そう直感した。

 

 そう、たぶん祖母は私を使って政略結婚を企てているのだ。

 私の意見など聞かず、ただ家の為に。

 そういえば、そうだった。いつも姉姉姉姉姉姉姉姉って。

 事あるごとに、姉がどうとか言ってたっけ。家の跡継ぎは姉さん。そして私は政略結婚の道具。

 魔術師と、羽化しなかった魔術師の卵。

 別に跡継ぎはどうでも良かった。勝手にすればいいと思っていた。私は一切関係ない。ただ、この日常が続けばいいと感じていた。

 

 というのに、この老婆は、それを壊そうとしている。

  

 私の中で、何かが壊れた。

「私は関係ない。魔術師なんかじゃない、ほっといて、黙って、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッッッッ!!」

 

 私はただ日々を守りたかった。

 

 私はただ日常を守りたかった。

 

 私はただ普通に暮らしたかった。

 

 ただ、それだけだったのに。

 こいつは――――――、それを壊そうとした。

 ならば、私は私の日常を守る為に、眼前の邪魔者を排除しよう。

 だって、私はただの人間でいたいのだから。だから、異端者を排除しよう。

 

 こいつ( 魔術師)(日常)の敵だ。

 

 工房の机の上にあったナイフを掴み取る。

「シネ」

 そして、私は胡乱な頭で、そのままナイフの刃を祖母に突き入れた。

 

*****

 

「そこからは簡単よ。結局私は祖母を殺したことで、日常には居られなくなった。人殺しはいつの時代も重罪よ。私は血にまみれたまま、家を出た。そして、食物もない極貧生活の末についに死の瞬間が訪れたのよ。そのときだった、あの(ひと)が現れたのは」

 

望むなら、拠所を与えてやる。行くところがないならうち(埋葬機関)に来い。どうせ、あっち側(日常)にはもう戻れないのだろう?ならば、復讐を果たせる技量を得るための修行の一環として、うちにくればいい。それぐらいの技術は磨けるぞ

誰に復讐するのか、もう復讐は終わった。というか、これは復讐ですらない。

だって、私は勢いで人を殺した、人殺しなのだから。

 

いや、君には権利がある。復讐する権利が。世界を憎んでいるのだろう?ならば、この怠惰で崩れ、爛れた世界に復讐してやれ。何よりも甘く魅惑的で絶対的な恐怖を与えればいい

 

「私はその手を取った。世界に復讐すると。そう、私が望むのはこの世全ての悪。絶対的な死と魅惑的な絶望があそこにはそろっている。―――――私が戦う理由はそれ。それを手に入れるためなら手段は選ばない。さぁ、我が手を取るかキャスター」

 

 私はクスリと微笑む。

 昔、あの人にやられたように、私は拠所を失ったキャスターに手を差し出す。

 

「そうか、君がそのために戦うというならば、協力しよう」

 

 だが、こいつを信じたわけではない。ただでさえ、前科があるサーヴァントだ。キャスターはただの手駒として利用しよう。

 こいつを使えば、あの人は簡単に壊れてくれるだろうから。

 

「では、誓いを此処に。私はお前と契約するマスター、世に復讐を誓う者よ。我が望みに剣と身をささげる覚悟はあるや否や?」

「ああ、誓おう。私は君の望みに沿い、命に誓い、神に誓う。我が、マスターよ」

 

 私の手首にある3つのしるしが赤く輝く。

 

 これで手駒は2つ。

 そして後1つも容易く落ちるだろう。

 そしたら、私の望みはすぐに叶う。

 

 私は、ただそれだけが楽しみだった。

 

*****

       

 ウツワハドコニアル

 ウツワハソコニアル

 

 ヨブコエガスル

 コンドコソギシキヲセイコウサセナケレバ

 ゼンカイモゼンゼンカイモシッパイシタ

 ダカラコンドコソセイコウサセヨウ

 

 ヨブコエガスル

 コンドハダイジョウブ

 ノゾムモノガイル

 コノソンザイヲモトメルモノガイル

 ダカラ

 ――――――コンドコソハセイコウスル

 

 聖なる杯に黒い泥が注がれ、その意思が響き渡る。

 聖杯は既に持ち主を決めた。

 あとは、そのときが来るのを待つだけ。

 

 泥は、そのときが待ち遠しいように、身を捻る。

 

 まだ、体も持たぬそれは、タプンと波打った。

Last updated at :2008/09/06(Sat) 23:36
Publish at :2008/09/06(Sat) 23:35

  • 八章/正義の果て
  • 七章/死の舞踏
  • 六章/殺人鬼
  • 五章/裏切りの騎士 罰審
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