泡沫の夢・上

 

夢はいつか覚めるもの。

太陽はいつか沈むもの。

生はいつか尽きるもの。

 

全てのものには、必ず果てがある。

 

脆いものほど、終わりは早く。

 

人はその中で終わりを恐れながら生きている。

人は人である以上、その恐れから逃げることは出来ない。

 

――――――――始まりは、同時に終わりへの一歩である。

 

そして、それは人間である両儀式(わたし)だって同じ事。

 

私だって、終わりを恐れながら生きている。

 

……―――しかし、私が恐れているのは死という終わりではない。

死は万物すべて平等に訪れる。生きている以上いつか訪れるもの。

死を誰よりも理解する眼を持つ私は、その終わりを恐れてはいない。

 

私が恐れている終わり――――それは。

 

 今の幸せが壊れてしまうこと。

                                 

私を取り巻く幸福が目の前で崩れてしまうことが、死を視る私の、唯一の恐れ。

 

でも、信じていた。その心配は無用だと。

この幸せは無限に続くと…信じていた。

悲しみはここに。雨に打たれ、雨よりも哀しい雫に頬を濡らす私の隣に。

――――――――――あいつは、もう、いない。

 

信じていた幸福が壊れた。

 

*****

 

1

雨が降りしきる午後のこと。

先月買って来たばかりの新しいヒーターが轟々と音を立てて部屋を暖めていた。

 

魔術師である蒼崎橙子さんが経営する、ここ伽藍の洞では僕―――――こと黒桐幹也と、僕の妹である鮮花。そしてオーナーである橙子さんが各々の作業に没頭している。

 

僕は仕事を。

鮮花は魔術師として、師匠である橙子さんが出した課題を。

橙子さんは何故かナイフを眺めていた。

タバコの紫煙が、事務所の中で当てもなく煙っている。

 

誰も何も話さない。

 

沈黙が部屋を支配し、気まずさ故に各々の作業に没頭する。

暗い事務所。

 

ここでは、ヒーターの音だけが全てだった。

 

この一ヶ月。

 

伽藍の洞はずっとこんな感じだ。

仕事も一段落し、何もないのに、個々が無理やり目的を作り沈黙を守り通している。

鮮花も橙子さんも最低限の言葉以外は何も話さない。

そして、僕も。

式のいない、この一ヶ月をこうして過ごしてきた。

………そう、式はいない。僕の隣で一緒に歩いてくれていた式は、いなくなってしまった。

………今から一ヵ月前。

それは突然訪れた。

仕事から帰ってきた僕。

出張だった僕は、三日間家を留守にしていた。

ので、僕はなにかメッセージは無いか。留守番電話の録音メッセージを聞いていたのだ。

 

たいした内容は無く、僕は洗濯物をまとめていたとき。

 

よう、元気か?黒桐

 

今まで、ほとんど聞き流していたメッセージの音声が、僕の耳に入った。

それは、式の、声。

 

俺さ、お前のこと信じてた

 

――――酷く、嫌な予感がする。

式の声は少し、掠れていた。外から電話しているのか、雨の音がしている。

僕は、人知れず受話器をきつく握り締めた。

 

たぶん、一人の女として信じていたかったんだと思う

 

今まで聞いた事無いような、式の優しい声。

穏やかに紡がれる、言葉は、なんて哀しい。

優しい声は同時に、何よりも儚く、弱々しい。

 

だけど、そ。オレ、もう何を信じていいのか……分からないよ。黒桐

 

啜り声。

鼻を啜るような音で、式が泣いているのかも知れないと思った。

だけど、考えればこの留守録は2日も前。

何もかもが手遅れ過ぎた。その華奢な肩を抱きたくても、抱けない。もどかしさが僕の胸を焦がす。

 

うん。白状するとさ。両儀式(わたし)黒桐幹也(あなた)のことが好きだったんだと思う

 

式が紡ぐ言葉は、告白。

僕に対しての告白だった。

でも、なんて哀しい。そのすべてが『過去形』……―――――なんて、悲しい告白。

好きだから、愛しているから。………だから、もう

 

「嫌だ」

その先の言葉を、予想してしまう。

 

会えない

 

そこでメッセージは途切れる。

受け入れたくなかった。式の言葉。

だって、それは別れの言葉だ。どんなに叫んでも、式に僕の思いは伝わらない。

 

あまりに遅すぎた。

二日前のメッセージは、式はもういないのだと実感させる。

もう二度と、式と会えない。

そういうように、途切れたメッセージは酷く悲しかった。

 

心にあいた穴。

僕の心が伽藍になった瞬間だった。

その後、僕はずぐに式のアパートに走った。

けれども、やはりもぬけの殻。

 

床には埃が積もっていて、長らく帰ってきていないのが伺われる。

「くそっ!」

いつもなら冷静に判断できる、頭脳も式のことになると機能しなくなるみたいだ。

昔からそうだ。

いらついて、思わず机を叩いた。

鈍い痛みが、むず痒い感覚となって骨に響く。

その痛みで、少しだけクリアになる。

 

「ん?」

 

そこで気付く。

机の上には一つの封筒。

封筒には式の字でこう書かれていた。

 

黒桐へ

 

僕は、その封筒の封を開ける。

中には、手紙と鍵が入っていた。

鍵は―――――どうやら、僕の家の鍵のようだ。

 

手が震え始めた。

 

喉が水分を求めている。

 

心臓が早鐘のようになっている。

 

この手紙には。

僕が望む真相(すべて)があって、恐らく僕と式を繋ぐ絆を断つ事実()がある。

 

だけど、僕は知りたかった。

どうしてあそこまで式を追い詰めたのか。

 

僕が………――――――――

               もう………会えない

                            式を傷つけたのだから。

 

手紙を出し、開く。

たぶん、筆で書かれたのだろう。

とても綺麗な字で書かれた言葉は。

 

悲しく、儚い現実だった。

 

 

―――――それが、式の手紙の内容だった。

そこには、僕のこと、式の事。そして、日常の名残のこと。

別れの言葉は聞いていた。

分かっていた。

どうして、なんて。そんなことはっきりしている。

 

だって、全ては僕が悪いのだから。

 

そう、僕が悪い。

 

僕が――――――、式を裏切った。

*****

それが一ヶ月前。

 

僕は、式を裏切ってしまった。だから、何も出来ずに自分の家に戻ってきた。

だって、そうだろう。

式を裏切った僕に、式を迎えにいく権利なんて存在しない。

 

それからはもまるで抜け殻のような日々を一ヶ月も過ごした。

あまりにも寂しい冬。

 

僕は、式を失った。

 

「……――――はぁ」

 

ため息をつく。

 

ヒーターで暖かくなっているからといって、ここは元廃墟。

風どおりがいいため、酷く寒い。

 

吐く息が白かった。

 

あとがき

 

今やっている連作での手詰まりに、軽い刺激を、と作成した作品。

えーと、重すぎます。

悲しく、切ない物語を書け。といわれたので。

何か文句あるか、このやろう(Wって、感じですね。

 

終幕は儚いものです。

では、次回はきっと連作の方であえると信じています。

まぁ、こちらも近々続編を出したいとは考えていますが(笑?

次回予告

 

2ヶ月。

 

早いとさえ感じていた日々が、こんなにも遅く感じる。

ほんの少し寂しい平凡が、僕を苦しめていた。

 

夜の街に現れた、通り魔事件。

 

血塗れの彼女は、クスリと微笑む。

 

幹也と式の絆。

 

「黒桐―――――、お前が何を疑っているのか知らんが、式はね最後まで()()()()()()()()()

 

泡沫が紡ぎだす、殺人鬼が信じた、最後の物語。

残酷な終幕はここに。

 

儚く消えて、もう、掴むことはない。

 

「お前は悪くない。全部、私が悪いんだ。人を殺したのに、幸せになろうなんて、過ぎた贅沢だったんだよ。私には」

 

飛び出る鮮血。

 

最後に見た、式の表情は優しい微笑み。

裏切りは、一人の男に、最大の罰を与えた。

 

次回・泡沫の夢・下

Coming soon!!!!!

Publish at :2008/09/01(Mon) 22:53

  • 彼のものに罰を
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