Gate lain

夢はいつか覚めるもの。
太陽はいつか沈むもの。
生はいつか尽きるもの。
全てのものには、必ず果てがある。
脆いものほど、終わりは早く。
人はその中で終わりを恐れながら生きている。
人は人である以上、その恐れから逃げることは出来ない。
――――――――始まりは、同時に終わりへの一歩である。
そして、それは人間である両儀式だって同じ事。
私だって、終わりを恐れながら生きている。
……―――しかし、私が恐れているのは死という終わりではない。
死は万物すべて平等に訪れる。生きている以上いつか訪れるもの。
死を誰よりも理解する眼を持つ私は、その終わりを恐れてはいない。
私が恐れている終わり――――それは。
今の幸せが壊れてしまうこと。
私を取り巻く幸福が目の前で崩れてしまうことが、死を視る私の、唯一の恐れ。
でも、信じていた。その心配は無用だと。
この幸せは無限に続くと…信じていた。
…
…
…
悲しみはここに。雨に打たれ、雨よりも哀しい雫に頬を濡らす私の隣に。
――――――――――あいつは、もう、いない。
信じていた幸福が壊れた。
*****
1月
雨が降りしきる午後のこと。
先月買って来たばかりの新しいヒーターが轟々と音を立てて部屋を暖めていた。
魔術師である蒼崎橙子さんが経営する、ここ伽藍の洞では僕―――――こと黒桐幹也と、僕の妹である鮮花。そしてオーナーである橙子さんが各々の作業に没頭している。
僕は仕事を。
鮮花は魔術師として、師匠である橙子さんが出した課題を。
橙子さんは何故かナイフを眺めていた。
タバコの紫煙が、事務所の中で当てもなく煙っている。
誰も何も話さない。
沈黙が部屋を支配し、気まずさ故に各々の作業に没頭する。
暗い事務所。
ここでは、ヒーターの音だけが全てだった。
この一ヶ月。
伽藍の洞はずっとこんな感じだ。
仕事も一段落し、何もないのに、個々が無理やり目的を作り沈黙を守り通している。
鮮花も橙子さんも最低限の言葉以外は何も話さない。
そして、僕も。
式のいない、この一ヶ月をこうして過ごしてきた。
………そう、式はいない。僕の隣で一緒に歩いてくれていた式は、いなくなってしまった。
・
・
・
………今から一ヵ月前。
それは突然訪れた。
仕事から帰ってきた僕。
出張だった僕は、三日間家を留守にしていた。
ので、僕はなにかメッセージは無いか。留守番電話の録音メッセージを聞いていたのだ。
たいした内容は無く、僕は洗濯物をまとめていたとき。
“よう、元気か?黒桐”
今まで、ほとんど聞き流していたメッセージの音声が、僕の耳に入った。
それは、式の、声。
“俺さ、お前のこと信じてた”
――――酷く、嫌な予感がする。
式の声は少し、掠れていた。外から電話しているのか、雨の音がしている。
僕は、人知れず受話器をきつく握り締めた。
“たぶん、一人の女として信じていたかったんだと思う”
今まで聞いた事無いような、式の優しい声。
穏やかに紡がれる、言葉は、なんて哀しい。
優しい声は同時に、何よりも儚く、弱々しい。
“だけど、そ。オレ、もう何を信じていいのか……分からないよ。黒桐”
啜り声。
鼻を啜るような音で、式が泣いているのかも知れないと思った。
だけど、考えればこの留守録は2日も前。
何もかもが手遅れ過ぎた。その華奢な肩を抱きたくても、抱けない。もどかしさが僕の胸を焦がす。
“うん。白状するとさ。両儀式は黒桐幹也のことが好きだったんだと思う”
式が紡ぐ言葉は、告白。
僕に対しての告白だった。
でも、なんて哀しい。そのすべてが『過去形』……―――――なんて、悲しい告白。
“好きだから、愛しているから。………だから、もう”
「嫌だ」
その先の言葉を、予想してしまう。
“会えない”
そこでメッセージは途切れる。
受け入れたくなかった。式の言葉。
だって、それは別れの言葉だ。どんなに叫んでも、式に僕の思いは伝わらない。
あまりに遅すぎた。
二日前のメッセージは、式はもういないのだと実感させる。
もう二度と、式と会えない。
そういうように、途切れたメッセージは酷く悲しかった。
心にあいた穴。
僕の心が伽藍になった瞬間だった。
・
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・
その後、僕はずぐに式のアパートに走った。
けれども、やはりもぬけの殻。
床には埃が積もっていて、長らく帰ってきていないのが伺われる。
「くそっ!」
いつもなら冷静に判断できる、頭脳も式のことになると機能しなくなるみたいだ。
昔からそうだ。
いらついて、思わず机を叩いた。
鈍い痛みが、むず痒い感覚となって骨に響く。
その痛みで、少しだけクリアになる。
「ん?」
そこで気付く。
机の上には一つの封筒。
封筒には式の字でこう書かれていた。
“黒桐へ”
僕は、その封筒の封を開ける。
中には、手紙と鍵が入っていた。
鍵は―――――どうやら、僕の家の鍵のようだ。
手が震え始めた。
喉が水分を求めている。
心臓が早鐘のようになっている。
この手紙には。
僕が望む真相があって、恐らく僕と式を繋ぐ絆を断つ事実がある。
だけど、僕は知りたかった。
どうしてあそこまで式を追い詰めたのか。
僕が………――――――――
“もう………会えない”
式を傷つけたのだから。
手紙を出し、開く。
たぶん、筆で書かれたのだろう。
とても綺麗な字で書かれた言葉は。
悲しく、儚い現実だった。
―――――それが、式の手紙の内容だった。
そこには、僕のこと、式の事。そして、日常の名残のこと。
別れの言葉は聞いていた。
分かっていた。
どうして、なんて。そんなことはっきりしている。
だって、全ては僕が悪いのだから。
そう、僕が悪い。
僕が――――――、式を裏切った。
*****
それが一ヶ月前。
僕は、式を裏切ってしまった。だから、何も出来ずに自分の家に戻ってきた。
だって、そうだろう。
式を裏切った僕に、式を迎えにいく権利なんて存在しない。
それからはもまるで抜け殻のような日々を一ヶ月も過ごした。
あまりにも寂しい冬。
僕は、式を失った。
「……――――はぁ」
ため息をつく。
ヒーターで暖かくなっているからといって、ここは元廃墟。
風どおりがいいため、酷く寒い。
吐く息が白かった。
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あとがき
今やっている連作での手詰まりに、軽い刺激を、と作成した作品。
えーと、重すぎます。
悲しく、切ない物語を書け。といわれたので。
何か文句あるか、このやろう(Wって、感じですね。
終幕は儚いものです。
では、次回はきっと連作の方であえると信じています。
まぁ、こちらも近々続編を出したいとは考えていますが(笑?
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次回予告
2ヶ月。
早いとさえ感じていた日々が、こんなにも遅く感じる。
ほんの少し寂しい平凡が、僕を苦しめていた。
夜の街に現れた、通り魔事件。
血塗れの彼女は、クスリと微笑む。
幹也と式の絆。
「黒桐―――――、お前が何を疑っているのか知らんが、式はね最後までお前を庇っていたよ」
泡沫が紡ぎだす、殺人鬼が信じた、最後の物語。
残酷な終幕はここに。
儚く消えて、もう、掴むことはない。
「お前は悪くない。全部、私が悪いんだ。人を殺したのに、幸せになろうなんて、過ぎた贅沢だったんだよ。私には」
飛び出る鮮血。
最後に見た、式の表情は優しい微笑み。
裏切りは、一人の男に、最大の罰を与えた。
次回・泡沫の夢・下
Coming soon!!!!!
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