七章/死の舞踏

 

 

*****

 

轟、と大剣が私の頬をかすっていく。

間一髪、それをどうにか避けて、私は男の背後に回りこんだ。

「ひゅっ」

短く息継ぎをして、男の肩口めがけてナイフを走らせる。

 

しかし、避けられてしまう。

 

「ふん、手強いな」

 

でも。

 

「でも、遅いッ!」

 

私はナイフを振り下ろした体勢、勢いをそのままに私と男の真下にある死の点。

屋上の綻びたる、そこにナイフを突き立てた。

「――――っ!」

地響きが起こり、死点を中心に屋上が崩壊していく。

しかし、そのままだと自分まで巻き添えをくらってしまうので、回避するために葉の体を抱え、そのまま飛び降りる。

 

ガラガラと音を立てて、学校全体が悲鳴を上げ壊れていく。それを横目で確認しながら、私は校庭に着地した。

3階からの飛び降り――――、幾分足が悲鳴のようなものを上げていたが、このような芸当なら、何度か経験済みなので問題ないと判断する。

 

問題は―――――――。

 

私は学校を見上げる。

学校は酷い惨状だった。

3階部分は、屋上が破壊されたため、その瓦礫で悲惨なものとなってしまっている。

それは、男から一時期距離を離すためである。

 

あそこで戦闘を続ければ嫌でも意識を失ったマスターの身を心配しなければならない。

あの男と戦うのには、大きいハンデだ。

だから、誰にも気付かれないような場所に置いていたほうが、私は気兼ねなく戦えるのだ。

 

私は葉を抱え、雑木林の近くにある道場らしきところに入る。

「――――……」

運よく、誰もいないらしい。しばらく葉をここに横たえておくことにする。

体はぐったりとしていて、息も微かにしているかしていないか。

かなり弱って見える。

それは、誰から見ても同じこと。

    

「すぐ、戻ってくるからな」

たぶん、ほっとけば死ぬ。

 

私が戻ってきて、あの教会に助けを求めなければ、死ぬのだから。

 

必ず――――。

「戻ってくる」

 

そうして、私は道場から出て、校庭の中ごろまで歩き進む。

相変わらず、学校は惨状だ。

遠くから見ればなおさら。

 

「さぁ、早く来いよ。さっきぐらいで死ぬような奴じゃないだろう。お前」

 

見えぬ相手に、私は皮肉をこめて呼びかける。

何処に居るのかは大体気配で分かる。

大体――――10m。

そのぐらいの距離、だろうか?

私は魔眼を解放する。

万物の綻びが映し出された。

 

「それが、お前の宝具か?アサシン」

「なんだ、気付いていたのか。俺のクラスに」

一陣の風が巻き起こり、その中心にさっきの男がいた。

予想していたが、どうやら無傷らしい、――――つくづくサーヴァントというものは厄介だ。

「お前のクラスは―――なんだ?さっきの大剣が得物じゃないだろう?セイバーというわけでもなさそうだしな、お前」

 

クスリと、面白くも無いのに笑ってみる。

しかし、目の前の人物はその厳かで厳つい顔を歪めずに、ただ頷く。

 

その様子が、どうにも気に入らなかった。

「いかにも、我がクラスはセイバーでもない。我がクラスは―――――アーチャーだ」

 

「ふんっ、もうどうでも良いさ。俺は殺したいから殺す。お前は聖杯戦争に勝利したいから殺す――――、なら答えは簡単。今、この場でクラスは関係ない。俺たちは―――――?

………ちょっと待て」

 

アーチャーと名乗った人物を凝視する。

 

「まて、お前がアーチャーだったら、俺を襲った男は何者だ?」

「どういう意味だ」

「いや、………―――――」

 

なんだ、この言いようの無い不安。

どこかで私は大きな間違いをしている気が―――――。

赤い――――服を着た――――、男?

「お前、いや、アーチャーはいつごろから屋上にいた?」

「………――――確か、大きな風が巻き起こったころだ。あの魔力の奔流に気付いてからあそこに行ったはずだ」

 

 

そうか。

成るほど。こいつらが私を襲った奴らじゃないという事は気付いていたが。

 

分かった。私を襲ったものの正体が。

 

「キャスター!!」

 

大声でそいつに呼びかけた。

一度だけ見たことがある。そいつに私は奇襲されたのだ。

「いやはや、鋭いな君は。流石はアサシンといったところか?あの弓は確実に急所をついたというのに、本当に今回の聖杯戦争は強豪ぞろいだ」

キャスターの声があたりに響き渡る。

アーチャーもきょろきょろとあたりを見渡していた。

 

「こっちだよ、諸君」

 

そして、はっきりとした肉声に、私たちは崩壊した屋上を見上げる。

 

「「……――――ッ」」

「投影――――開始」

 

瞬間、悪寒が走った。

まるで、死を予感させるようなそれに、吐き気を催す。

だが、そんな暇は無い。

 

ここにいたら、その予感は当たってしまう。

すなわち、―――――死ぬ。

 

「避けろアーチャー!」

「承知した!」

 

その声を合図に、お互い最高速度でその場から離脱する。

    我が  骨子は 捻れ  狂う

I am the bone of my sword

 

しかし。

「なっ、―――――くそっ!」

その殺気の向うは私でも、アーチャーでもなく、道場。

 

つまり、私のマスターだった。

最初からそっちが標的だったのだろう。

 

間に、合わない!!

 

キャスターの手から、矢が、放たれた。

 

 

*****

私は夢を見ている。

でも、それは私個人の夢ではなく、誰かの過去。

たぶん、マスターとサーヴァントはどこかで繋がっているというから、それのせいなのかもしれない。

 

私はアサシンの過去を夢で見ている。

 

「どうして…―――そいつなんだ」

アサシンが何かを拒絶するように、目の前の男性を拒絶する。

男性は後ろにいる女性を庇うように立っていた。

 

雨の中。

 

その気まずい沈黙に、アサシンは悲しそうに叫んだ。

 

アサシンの感情が流れ込んでくる。

それは、普通なら耐え難い殺人衝動。

 

コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ―――――!!!

 

でも、アサシンは耐えている。

押えている。

何の為に?

誰の為に?

 

 

そんなの決まっている――――……愛する、男の為に。

 

「どうして、どうしてだ黒桐―――――!!」

アサシンは抑えていた。

日頃から、その殺人衝動に。

愛している男の為に。

自分の罪を背負うといった、男の為に。

だけど、男は違う女を選んだ。

アサシンではない―――――、しかも、実の妹を。

 

許せない。

許してなんかやらない。

 

 

いや、許すなんて無理だ。

 

傷は深い。

悲しみは痛い。

死はあまりにも誘惑で。

復讐はあまりにも甘美。

 

「なぁ、幹也。俺、ずっと信じてたよ。彼女、なんて気恥ずかしいから今まで否定していたけど、本当はそれぐらいお前と俺はキズナが深いと思っていた。だけど、お前は違ったんだな」

 

男がうろたえる。

でも、アサシンは止まらない。

 

一歩、アサシンは後ろに歩く。

 

「好きだったなんて、柄じゃないから言わなかった。だから、お前は俺を捨てたのか?俺に呆れたのか?」

「それは―――――」

 

また一歩。

 

「俺、お前に会えてよかった。だけど――――だからこそ。お前が大事だからこそ、お前を許せない―――――………」

 

また、一歩。

だんだん、何をしようとしているのか理解してしまった。

 

「たぶん、幸せだった。お前という存在は――――俺にとって大きいよ、きっと」

 

一歩。信号は赤。車が行きかう道路にまた一歩近付く。

 

「だから、その存在をなくせば、俺はまた空っぽになる――――、そんなの耐えられない」

 

轟っ、と車が高速で走るそんな音が聞こえる。

 

「式ッッ!」

どうやら男も気付いたらしい。

何をしようとしているのか、何が起こるのか。

 

「だから」

だから。

「私は――――」

私は――――。

 

「私はお前を失うくらいだったら――――」

 

微笑んで。

 

「いや、こっちのほうが良いかな」

 

その頬に流れるのは雨よりの寂しくて悲しい粒。

 

「オレは、コクトーを失うくらいだったら、死ぬことを選ぶよ。だってそうだろう?人のぬくもりを知った獣が野生に戻れないように、空っぽには戻れない。ほら、だったら死ぬしかないじゃないか、オレ」

 

男に背を向ける。

男は止めることさえできないのか、その手はアサシンの手を掴むことなく――――。

「じゃあな、コクトー」

 

そして、衝動。

ごんっという音がして、体が中を飛び、そして―――――。

 

見上げた空は曇っていた。

降りかかる雨はとても冷たい。

 

 

なんだか、とても眠い。

「いいよな、俺、もう疲れた」

だから、眠ることにした。

 

―――――だけど、数多くの人殺しを犯した俺は、簡単に死ねない。

 

アサシンの声が聞こえた。

 

―――――世界は、オレを呪縛し、あるゲームに巻き込んだ。

 

何を願う。

―――――死ぬ間際、そんな声が聞こえた。

 

「何も望まない」

何を願う。

「――――できるのなら、やり直したい」

 

―――――でも、やり直して何になるのか。

 

何処に願う。その望み

―――――世界に。気付けば契約していた。

 

それが、さいご。

私はアサシンの時間はそこで停止していた。

聖杯と誓って、アサシンはやり直すために、聖杯に身を任せた。

 

その過去を垣間見た私は、正直むかついた。

だってそうだろう。

もどかしい――――。

 

そう、もどかしい。言いたいことも言えずに、お互いが気になって仕方が無いのに、それでもお互い遠慮して、―――――その結果、離別という事態を生んだ。

 

「好きだって、言えばよかったのに」

 

空間が止まったその世界、私はその止まった世界でアサシンを見る。

とても、悲しそうに笑っていた。

 

復讐、なんて望んでいないくせに。

「私には復讐って言ったくせに。結局貴女はやり直したかっただけなのよ両儀式。やり直して、伝えたい――――。今度こそ、好きだって。ねぇ、そうでしょう?」

 

そう、止まった世界に呟いた。

 

*****

「私には復讐って言ったくせに。結局貴女はやり直したかっただけなのよ両儀式。やり直して、伝えたい――――。今度こそ、好きだって。ねぇ、そうでしょう?」

 

ふと、誰かにそんなことを言われた気がして、立ち止まってしまう。

 

状況は非常に危険だ。

一分一秒、少しでも足を止めれば、葉の命はない。

キャスターの弓が建物ごと葉を殺すだろう。

 

だというのに、その声が――――。

ありえない、その声は――――。

「葉?」

そう、葉の声だった。

 

気を失って、今もあそこで倒れている筈の葉の声が聴覚ではなく、頭に直接流れ込んでくる。

そんな違和感に、私は足を止めていた。

 

「何で――――――――ッ!?」

「「!?」」

 

その場の全員が息を飲み、その場に停止した。

時間が止まったかのように、沈黙が周りを支配する。

ただ、キャスターの放った弓矢だけは、変わらず道場に向かって飛んでいるが、私は呆然と立ち尽くした。

なぜなら、その弓矢は――――。

 

「宝具が、負けた?」

 

砕け散ったから。

 

いきなり、唐突に。

ありえない、一体なんで―――――?

 

「誰も、こんなことを命じた覚えは無いわよ。キャスター」

 

凛とした声が、砂塵舞う校庭の中央に現れる。

それは聞き覚えがあり、その姿も一度目をしたことがある―――――。

 

葉の姉の華。

そして、キャスターのマスターだ。

華はこちらをちらりと一瞥してから、道場を見る。なにやら無言で訴えるような目に私は。

「………葉ッ!」

反射するように道場に再び足を向けた。

 

何がなんだか理解できないが、ここは彼女に礼を述べておくべきだろう。

とりあえず、この場は危険だ。今はそうでもないが、いつあちらのマスターが気変わりするか分からない。

だからこの場は撤退が一番良いだろう。

 

私は飛び込むように道場に足を踏み入れた。

 

*****

 

「下りてきなさい、キャスター」

 

私は上から見下ろしているキャスターに対して、私は睨んでそう言い放つ。

アーチャーは私を見て、無表情のままいまだに下りてこない。

(何を考えているの?キャスター……、ううんおじいちゃん)

アインツベルンとの戦いで、お互い絆を確かめられたと思っていた。

長年の怒り、私が抱いた祖父への憎悪は、あの戦いで鎮められていた。

 

のに、どうして―――――。

 

「私はこんなこと指示していないわよ、キャスター。さっさと降りて来なさい」

 

私は怯えていた。

感じていた絆が、実は細くてキャスターから見れば足枷でしかないのではないか?

だとしたら、私は一方的に絆とか何とかを押し付けていることになる。

 

「――――最後の令呪を利用したのか。倒すべき敵を守って。私には理解できない、何故庇う。妹だからって、いずれは殺さねばならぬ外敵。庇う必要性を感じないのだが?それとも何か?嫌いだの、憎いだの言っていても結局は自分の妹が恋しいか。……―――この戦いにそんな感情は不要だということ、一番君が知っていたと思っていたが―――――」

 

「黙りなさいッッッ!」

 

私はキャスターを睨む。

 

再確認した。

こいつはアーチャーだ。祖母を裏切り、祖父を殺そうとした男。

アインツベルンでの戦いでは、この世界の祖父に共感したに過ぎない。

 

理論的に説明すれば、たとえば平行世界(仮に1としよう)の衛宮士郎がいて、ある理由で英霊になった。

また、平行世界1とは別の世界(仮に2としよう)には同じように衛宮士郎がいる。

過程は違うが、2の衛宮士郎も何らかの理由で英霊となる。

この時点でどちらの平行世界も衛宮士郎はいなくなる。

もちろん、平行世界とは無限に広がるありとあらゆる可能性を秘めた世界。英霊にならない世界もあるだろうが、それはとりあえず置いておくことにする。

 

で、もし仮に平行世界2で聖杯戦争が起きて、そこで英霊・エミヤが召喚されたとする。

それがもしも、平行世界2の衛宮士郎ではなくて、1の衛宮士郎だったら――――。

 

平行世界2で衛宮士郎が英霊になるまでの過程を、平行世界1の衛宮士郎が知るはずが無い。

例えば、1の世界では20歳に英霊になっていたとする。

2の世界では60歳に英霊になっていたとすれば、その時点で40年もの記憶、過程が1の世界で英霊になった衛宮士郎には無い、ということ。

 

しかし、それでは矛盾が生じる。

同一人物であるにもかかわらず、その過程が違うということは、その時点で別人となってしまうのだ。

だから、その矛盾を消すために、世界は2つの世界の衛宮士郎を混ぜることにした。

よって、私のサーヴァントは祖母のサーヴァント・アーチャーでもあり、私が召喚したこの世界の祖父・キャスターでもあるわけだ。

 

「さして叶えたい望みなど無いが――――、愚かな正義の血族を絶やすのも、暇つぶしにはいいな」

 

つまり、この男は―――――。

 

「祖母を裏切ったように、私まで裏切るのねキャスター!!」

 

絶叫が響き渡る。

 

どうして、と。

 

「どうしてだと?はっ、私の望みはな、正義の味方なんぞを目指す衛宮士郎を殺すこと。救いを求める人全てを救うなど、出過ぎた願望―――、叶わない望みを抱き続ける愚かな男を殺すことが、生きる意義をなくした私の唯一の望みだった。………しかし、今回はその望みをかなえることが出来ない。だから、この世界に留まる理由も、存在意義も無い。未練を残さずに死ぬことが出来る。――――しかし、ここまで来て未練が出来てしまった。

………華、お前の妹は正義の味方を目指している」

 

その言葉に、唖然とした。

―――葉が正義の、味方?

 

「そんな愚かな願望を抱くのは衛宮士郎だけだと思っていたがな、今日一日監視していた。一度会ってから、直感でそう感じてしまった私は確かめずにはいられなかった。だから、華が魔力の消費で深い眠りについている隙に、監視に来たのだ。

アサシンに気付かれると面倒だから、遠巻きにだけどな。で、見続け確信したのさ。お前の妹は若きころの私に似ている、とな。まるで、昔の私を見ているようだった。そう、何か頼まれればいつも二つ返事。自分が辛くても、助かる人がいるならその方がいいという、自分を省みない行動。まるで映し鏡のようだ」

 

キャスターは屋上――――いや、瓦礫と化した学校の教室から飛び降りた。

 

微かに放物線を書き、私の近くに着地する。

 

「君は正義の味方をやめた。その理想の高さと、それがただの夢だと知ったから、途中で諦めた。それは正しい。だが、あの子は違う。いまだに正義の味方なんていうものを目指し続けている。………、私の二の舞になろうとしているんだ。こんなのが、もう一人増える前に殺すのが上策だろう?」

 

殺そうとしている。

葉を、そんな理由で殺そうとしている―――――。

いまさら、姉だからなんていわない。

だって、私の中でも葉への怒りは収まっていないから。

 

だけど、私は殺したいわけではない。

 

ただ、一発分殴りたいだけ。

この問題は聖杯戦争にはかかわりが無い。

だから、私は見て見ぬふりをしてきた。この戦いの間は不干渉でいようと思っていた。

だが、キャスターは違う。

葉を殺そうとしている。

 

血の繋がったもの同士が、殺しあうなんて間違っている。

 

「そんなこと、させない」

 

だから、私はキャスターの前に立って、道を封じた。

 

「………、邪魔するのか、君は」

キャスターは私を見つめて数秒。

「そうか、なら残念だ―――。私は私の目的を遂行する。邪魔をするなら――――殺す」

「――――ッ」

 

キャスターの凄まじい殺気に怯む。

その隙に、キャスターは得物をその手に握っていた。

 

黒と白の夫婦剣。

(干将莫耶―――ッッ!)