五章/裏切りの騎士 罰審

 

 

*****

 

炎の威力が増す。

魔術属性をチェンジした今、炎の抑制は既に効かなくなっていた。

舞い上がり、夜の暗闇をオレンジに彩る美しい炎。

そして、その中心。炎の渦の中で2人の魔術師は相対していた。

 

一人は――――私。

もう一人は――――アインツベルンのマスター。

 

私は無言で、静かに憤激する男を見つめている。

そして、男は炎の色で真っ赤に燃える瞳に怒りをこめて睨んでいる。

「私が――――愚かだと?」

私が言い放った言葉に、男は怒り来るっていた。

私を本気にさせた貴方の方が愚か――――――――――。

確かに。私が口にした言葉だ。だが、それがどうしたというのか。

 

「真実よ。私はそう言ったし。貴方もそう聞こえた。でしょう?」

男は歯軋りをする。

仇敵を見るみたいな眼を私に浴びせながら。

「おのれ……、自身の名を裏切った成り損ないのくせに。ぬけぬけと……、殺してやる、殺してやる!」

ぎらぎらと光る目が戦いの合図。

第2幕が幕を開けた。

    万物    悉く    貫け!!!!

All things entirely to go through

 

男の手から放たれた10ほどの異常に長い針。

それらは、空中で分裂し、四方を囲む1000もの針になった。

これで貫かれれば、かなり痛いだろう。

四方からの攻撃。死角も無し、ゆえに回避は不可能。

 

頭で、スイッチが押される。

 

「我は剣を紡ぐものなり。幻想結びて、七つの円環現れん」

手の中で、最強の盾と謳われたアイアスの盾が展開する。

四方からの攻撃全てを無に散らすため、私は天に手を伸ばした。

 

そして、爆音と共に攻撃が始まった。

私は手の平で展開させた――――投影魔術で作り上げた盾を自分を覆うようなドームへ作り変える。

そして、それを強化した。

 

この戦いかたは、以前祖父から聞いたものだ。

魔術師たるもの、武道も弁えておくべし。

祖母の言いつけで、ある程度の投影と強化を教えてもらっていた。

しかし、情報が足りなければ、あるいは性能がきちんと理解して投影をしなければ投影したものは脆い物となる。

 

本物には及ばない。

 

それが贋作を作り上げる一番の定理だ。

私は、たくさん勉強し、練習もして、ある程度のものは投影できるようになった。

それを見て、祖母は「あちゃ〜、見事に士郎の特徴継いじゃったか」とか、言っていた記憶がある。

 

どうして、私が祖父を嫌いになったのか。

それは、またの機会に話そう。

 

今はとにかく。

 

眼前の敵を蹴散らす必要がある。

 

「……―――――」

攻撃の鋭い音が消える。

アインツベルンの男は勝ち誇ったように高笑いを始めた。

どうやら、こちらは砂塵で見えていないらしい。

私には無防備な姿が見えている。勝敗は決した。

 

昔から言うだろう

――――油断は大敵、と。

 

「剣は手に収まりたり。干将莫耶――――」

記憶の中から夫婦剣を呼び起こし、手の中で具現化させる。

そして、私はそれを放った。

 

……砂塵が晴れる。

男は高笑いしたまま、私を見て、そして呆気に取られたように停止した。

まるで幽霊を見るように、とはよく言ったものだ。

 

「残念ね、私にその手の攻撃は効かないの。挑むなら、それこそサーヴァントが持つ宝具じゃ無いとね。たぶん勝てないわよ?」

「この――――ッ」

血走った目で私を射抜く、いい目だ。お互い獣になって果たしあうのも悪くない。

が、――――。

「残念。もう、終わり―――ね。チェックメイト」

男は意味が分からないという顔をする。その背後に、投擲された夫婦剣が―――――突き刺さった。

「がぁっ!」

吐血するような声。その胸にまで到達して、むき出しになった剣が、傷を生々しくしていた。

 

私は、男に近づく。

最後、教会の代行者として、問わなければいけないことがある。

「名を答えよ。アインツベルンのマスター」

その問いに、もう息もか細い男は、切れ切れに答える。

まるで虫の息だ。

「私の、名、前はアル、カテューレ・フォン・アイ、ンツベルン。次期…アインツベ、ルンの当主だ」

「そう、なら問おう。第三次の戦いでアインツベルンの犯した罪。貴様らは汚染されている聖杯を何故求む?よもや、知らなかったとは言わせない。キリストの血を満たした杯、穢した罰。汝に聞こう」

 

私は黒鍵をアルカテューレに向ける。

止めを刺さなくても、既に絶命しそうな勢いだが。魔術師の場合、頭をつぶしておかないと、間違いがあってからでは遅いのだから。念のために脳をつぶす。

 

「そこまでしてでも、アインツベルンは聖杯が欲しかった。いつも、どんな手段を講じても、聖杯が手に入らない、だから今回はホムンクルスどもとは違う。きちんと魔術の基礎を学んだ、正当なマスターを送り込むことにしたのだ。それが、わたしだった」

「成るほど、念願をかなえるための聖杯が、いつしか、念願自体が聖杯を手に入れることにすり替わっていた訳か。では、主を代行し、私がお前を殺し、罪を浄化する」

黒鍵を放つ。

距離はさほど開いていないが、投擲した。

「――――――――」

無言の悲鳴、苦悶、そして、絶命した。

 

*****

「世界は貴方を否定した」

 

信じていたし、今まで自分の才能を疑うことも無かった。

だけど、それを全て崩すように、現れた一人の女は、甘く誘惑の唇で残酷な事実を告げる。

それは自分にも覚えのあることで。

私はそれを否定する為に、聖杯戦争に身を投じることに決めた。

 

「ならば、貴方は聖杯に何を望みますか?」

 

―――何を望むのだろう?結局それさえ、分からなかった。

 

「では、与えましょう。世界への復讐を」

女は言った、貴方は世界に裏切られていたと。

女は言った、貴方は世界へ復讐するべきだと。

 

私は答えた―――、世界を滅ぼす災厄を。

 

こうして、見た世界。

燃え続ける森の中央で私は最上の死神に見下ろされながら果てる。

 

結局、全てを否定する為に投じた戦いは、全てを肯定してしまった。

私は消え、――――女は笑った。

 

*****

 

頭に黒鍵、胸からは双剣が。突き出ている。我ながら惨い殺し方だ。

「あっけない」

知らず呟いていた。

血の色を見て、私は口角を吊り上げる。

――――また、一人殺した。

ゾクリと背筋を這う快感。

舌が、唇をなぞる。そのとき――――。

「華っ!!」

キャスターの声で、現実に帰る。そして振り返るとセイバーが迫ってきた。

いや、これは違う。よろいが少しだけ違う。

でも、容貌は瓜二つだ。

何なんだこいつは?まさか――――。

 

即座に剣を投影して、迎え撃つ。

「投影魔術、成るほど。マスターが敗れたのも道理。しかし、そんなことはどうでもいい。私は少しでもアーサー王と同じ条件で戦いたい。悪いが、死んでもらおう」

ギィィン、刃物が共鳴する。

私は桁違いの力に耐えることしか許されない。

 

「くっ」

 

どうにか、相手の剣を弾く。それで少しだけ距離が開いた。

私は、荒い息のまま相手を見つめる。

こんなにセイバーに似ている。まるで双子のようだ。

しかし、まるで感じが違う。

セイバーは正義感を代表したような、そんな騎士だったが。こいつは勝つためならどんな

手段も使いそうなタイプだ。

戦いにおいて、こういうタイプが一番危険だったりする。

 

生きる為になら、どんなことだってする―――――。

 

「弾いたか。私の剣を―――。さすがアーサー王のマスター。我が父の寄る辺に相応しい」

我が、父――――?

この人物はアーサー王、セイバーを父といった。ということはこの騎士は――――。

「まさか、裏切りの騎士・モードレット……――――」

モードレットは口角を上げて笑った。

剣を地面に突き刺したまま。

身体全体を震わせて、高笑いしている。

その姿に、怖気が走った。

 

「いかにも、私はモードレット。しかし、裏切りとは……私は国を正しい形に変えてやろうとしただけだ。そうでしょう?父君」

 

モードレットは視線だけセイバーに向ける。

セイバーは地面に力なく屈していた。

 

「セイ、バー?」

 

その頼りない姿に、私は思考が停止する。子供のころから道を示してくれた一人の少女。

それが、伝説に聞くアーサー王だと聞いても、私はたいして驚かなかった。

私にとって、彼女はまさに理想の正義だから。

 

――――そのセイバーが、誰かに屈した。

 

そのことに私は隙を作ってしまったのだ。

その隙を狙って、モードレットはこぶしを振り上げた。

 

「っぁ」

腹部に走る鈍い痛み。

隙に漬けこまれた結果が、この有様。

なんて、無様。

 

起き上がることも出来ない体に、私は一人諦めた。

その中で、囁くような声が聞こえる。

懐かしい、呪文。一度体験したことがあった。人の心の中―――心象世界・固有結界。

 

そして、寂しくて、冷たい。ある一人の男の末路を。

 

              I am the bone of my sword

―――――― 体は剣で出来ている。
Steel is my body, and fire is my blood.
 血潮は鉄で 心は硝子。
 I have created over a thousand blades.
 幾たびの戦場を越えて不敗。
      
Unknown to Death.
 ただの一度も敗走はなく、
      
Nor known to Life.
 ただの一度も理解されない。
     
Have withstood pain to create many weapons.
 彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う。
Yet, those hands will never hold anything.
 故に、生涯に意味はなく。
    
So as I pray, unlimited blade works.
 その体は、きっと剣で出来ていた」

 

剣の丘。その丘の上に立つ一人の男――――、それはキャスター。

魔術師のサーヴァントらしく、固有結界を展開したらしい……が。

私はそれを凝視した。

なぜなら、それは祖父の世界。固有結界は個々それぞれの世界を彩るという。

だから、全く同じものはない。ならば――――。

 

私の目に映るこの世界は如何なる事か―――?

 

「どうして、おじいちゃんの固有結界が――――。どういうことよ……ッッ!?キャスター!」

投影の魔術を習っていたとき、見せてもらった剣の丘。

無限の宝具の数を見て、感動したのを覚えている。

全て贋作だと、祖父が自嘲しても、私は涙を止めることは出来なかった。

完璧ではない、綻びがある投影に私は、人のあり方を教えられたのだから。

 

しかし。

あの日までは――――。

あの日まではそれを誇っていた。

あの日から、それは穢れとなった。

私が、裏切りを目にするまでは。

アンミリテッド・ブレイド・ワークス

無限の剣製は完成した。

その中では、私、キャスター、セイバー、モードレットが存在している。

この中では、キャスターが思うように動く。

この中での勝利なんて、99%ありえない。

ありえるとすればそれは――――イレギュラーの介入だけだろう。

 

――――私は、静かに、黒鍵を抜いた。

 

それが、私だ。

 

黒鍵を放つ。

魔力という魔力をキャスターが吸い取っている以上、投影も魔術も使えない。

それでも、私は自身のサーヴァントに挑まずに入られなかった。

 

私の全てを打ち下した、あの祖父を――――殺す。

 

*****

子供のころ。

祖父は、私の頭を撫でると、居なくなってしまった。

正義の味方を目指すといった祖父。

そのときがきたと、去っていった。

 

私は追った。

私もその遺志を継ぎたかったから。

 

だけど、祖父は言った。

理想は、所詮理想だ。

本物にはどうやっても追いつけない。所詮偽者は偽者として果てるだけ。

―――じゃあ、やめればいい。

そういった私の頭を撫でて。

戻れない選択肢がある。だから、俺はここで死ぬ。

―――正義の味方として?

何かを助けて果てるのならば、本望だと、日頃から口にしていた祖父。

だけど、祖父は最後の最後に本音を口にした。

―――そんなもの、とうに捨てたよ。理想なんて、叶うわけのない幻だ。馬鹿みたいに追えば後戻りできない。本当に愚か者が進む道だ。

その道を辿りたいと思っていた私には、その理想が全てだったのに、祖父は――――その夢を壊したのだ。

 

許さない―――。

 

*****

「そう、許さない。」

 

殺す。

自分の信念を最後で諦め、仕方が無いといって死んでいった祖父。

 

そのことを涙した祖母。

 

その信念を信じていた私には。最後の最後でその信念に屈した祖父が許せなかった。

 

まだ、この人物が本当に祖父かは分からないけど。

それでも、この世界はあの男のもの。

憎らしい。この、寂れた世界で

「ぉぉおおおぉおお!」

 

私は、ほえた。

獣の如く。

 

*****

獣の如き咆哮が、結界内で響き渡り、不穏分子の訪れを告げていた。

炎に包まれた人型は、更に速度を上げてこちらに向かってくる。

 

その人型は、自分のマスターだった。

 

「唯我独尊―――――故に、無敵!」

停止の声も届かぬまま、華の体がはぜ、私の身体を貫かんと迫りくる。

その様は、本当に飢えた獣だった。

 

「くっ、華!」

打ち合うたびに互いの剣が砕け、次に打ち合うときには、新たな剣が形を成す。

 

文字通り、持久戦。

どちらの魔力がもつか、それが勝敗を分ける。

「どうして――――」

理由は分かっていた。

マスターとサーヴァントは繋がっている。

華の思いは夢を通じてひしひしと伝わっていた。

 

衛宮士郎に対する憎悪は自分をも上回る。

 

私、俺は――――、そのために聖杯を願った。

目の前の人全てを助けると誓って、全員が幸せに暮らすという理想を信じ続けた自分自身。

裏切られても、走り抜けた道に後悔はなかった。

人殺しとののしられ、最後に首吊り台で、周りの人々を見た。その目がたとえ蔑みに染まっていても、衛宮士郎は満足だった。

それでも、助けられた人々が確かに居ると、自己満足でも信じていたから。

 

だから、あわよくば、死後も人々を救って生きたい。

 

末期に助けた人に裏切られても、それは本望だった。

 

聖杯と誓ったことで、失われた命はこの世界に戻った。自分は親父の意思を継げたと思えたから。

だけど、俺はもう過ちを犯していたんだ。

 

「有難う、そしてごめんなさいね。私じゃ貴方を止められなかった。願わくば、その先に幸あらんことを」

遠坂が消えたあの日から。

聖杯と契約したこの日から。

人間として消失したその日から。

 

人を助けたいと英霊になった。

だけど、人を助けるため、人を滅ぼす存在を殺していく。    アラヤ

人間側の抑止力――――、つまり人類が無意識に望んでいる生への懇願として、人類を滅ぼす人間を殺す。

大量虐殺を考えている人間を殺し、人類を救う。

ガス爆発を考えている人間を殺して、人類を救う。

 

拒否権は存在しない。

俺は、殺すことで人類を守り続けた。

 

でも、俺はそんな望みで、殺しによって人を救うなんてことを望んでいるわけじゃなかった。

 

理想――――、それは、目の前に居るもの全てを救うこと。

 

その理想を望み世界を契約した。はず、なのにいつしか、理想にさえ裏切られて、

廃れて、摩れて、寂れて―――――――――。

 

「そんな存在を――――、私は祖父と認めない!」

ああ、そうだ。

途中で膝を屈した私を、この子は、華は憎んでいた―――――。

歩いてゆけると、共に行くと行ってくれた、愛しい孫娘。

その笑顔と信念を私は曲げてしまったのだ。

 

この世界の私は。

 

「―――ああ、受け入れよう。その罪と咎を」

 

突き出された刃を、華ごと胸に抱いて。

 

*****

抱きしめられて、ああ、サーヴァントでも暖かいんだと認識した。

当たり前か、彼らだって人間。

体温が無い訳ないのに。

 

血だって、こんなに暖かい。

 

どうして、拒否しなかったのだろうか?

どうして、反撃しなかったのだろうか?

 

私の突き出した刃を胸に受け入れたまま、キャスター…―――私の祖父は優しく微笑んでいた。

 

「なんて、ずるい」

そんな顔をされたら、聞きたいことも聞けないではないか。

なんて、―――――――、寂しい笑顔。

 

私はその笑顔を見て、魔術式を解いた。

突き刺さった剣が蒸散するように、消え去っていく。

投影したものに維持する魔力のパイプラインをきったのだ。

 

寄る辺をなくした魔術は砂となって消える。

「どうして、諦めたの」

その問いに、キャスターは悲しそうに答えた。

その儚い笑顔が、祖父が消える前日に見せたものと酷く似通っていて、私の身体の奥は悲しみで疼く―――。

「俺は―――、疲れたんだ。あいつの走る先を見ることに」

昔、若いころ祖母と共に戦った前回の聖杯戦争で、己が理想の果て―――アーチャーを見て、歪んだ様を見た。

未来を見るとは、自分の末路を知るということ。

正義の味方を目指し走り続けた自分自身が、正義の味方など偽善だと、そう一蹴した。

それは、いつか自分が後悔すると言うこと。正義の味方としての道を。

それでも、歩き続けると、そう信じ続けた。

だけど、走れど追いつかない理想。引かれたレールの上でそれを進むことしか出来ない自分自身に祖父は疲れてしまった。

 

遠まわしにして、少しでも未来を覆すためにもがき続けた。

「俺は、行き過ぎてしまった」

気が付けば、レールの先を走っていた。

運命は既に変わっていたことに気付くのが遅すぎのだ。

 

つまり、アーチャーの理想。自分の信じた理想は果たされなく、その機会は過ぎてしまったのだと。自分が理想を裏切った――――と。

 

「アーチャーは理想に裏切られた、理想を貫いた俺の姿だった。だけど、俺はその理想から脚をそむけた。だからアーチャーとしてじゃなくて、キャスターとしてこの時代に呼ばれた。たぶん、自分の罪を清算する為に」

 

キャスターは痛みで膝を屈しながら、私を見上げ、哀しそうに。

 

「………―――― 馬鹿」

「ああ、とことん俺は馬鹿だ」

キャスターは理想を裏切った。そして、私の思いも裏切った。

その咎は、きっと重い。

それでも、これからそれを補う、そうキャスターが誓うのなら、私はその横で支えてやろうと思う。

私は視線をキャスターとあわせ、自分で突き刺した傷に治癒魔術を施す。

 

「許さない」

だけど、それは許したわけではない。心の傷は既に深く、取り戻せないもの。

「だから、これは呪い」

「――――!?」

キャスターの目が驚愕で見開かれる。私が令呪を発動していたからだ。その令呪、