二章/教会の狗

 

身体が悲鳴を上げ、私は崩れるように家の屋根から道路に飛び降りた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

こんなに疲れたのは、いつごろ以来か。

 

(随分走ったわね)

それでも、このぐらいの運動量たいしたことない。

この疲れだって寝てしまえばおちるだろう。

「……――――」

気がつけば自分の家についていた。

5年ぶり。本来ならまたぐ必要のなかった遠坂の敷居。

しかし、私はそれをまたいで家の中へ入った。

 

自分たちの陣地に入ったことを確認したのか、今まで姿を消していたキャスターが姿を現す。

 

「なんだ、さっきの愚行は?君らしくないぞ。いきなり敵に殴りかかるなど。あそこであのサーヴァントが実体化していたら殺されていたんだぞ、君は」

私は荒いと息を飲み込んで、乱れた髪を整え、隣に居るキャスターを一瞥する。

「しょうがないじゃない。仲悪いのよ私と……――――葉は」

 

そう、妹である葉、姉である私と絶対的に仲が悪かった。

理由はひとつ。

妹が遠坂の家を裏切ったからである。そして、私も裏切った――――。

だから、5年ぶりに見た妹への怒りが我慢できなくなって、押し倒してしまった。

今思えば確かに軽率な行動だっただろう。

しかし、私の憎しみはこれぐらいで晴らされるものでもない。

 

今回の聖杯戦争、私にはある目的があった。

聖杯の破壊はついでに過ぎない。

私は、今回こそ妹である――――衛宮葉と決着をつける。全ての因縁をここで晴らすことが、私の望みだ。

 

「華」

ふと、キャスターが私の名前をつぶやいた。

家のドアノブに手を掛けていた私は、それを中断してキャスターを見る。

その表情はいつになく真剣だった。

まぁ、召喚してからたいして経っていないが、分かる。

 

なにか、大事なことを話そうとしている―――?

いや、どちらかというと私から話を聴きたいと思っているのだろう。

そういえば、まだ私がどうして教会に所属しているのか教えてなかったわね。

 

恐らく、キャスターはそれも含め話を聞きたいのだろう。

「当たり前か、これから嫌でも協力していかないといけないものね」

心が通じ合うほど連帯感が強くなる。

 

そのためには、マスターである私の話を聞いておきたいのだろう。

 

「私が、どうして妹とあんなに仲が悪いのか……――――、気になる?」

「ああ、是非とも聞きたいな」

「私がどうして教会に所属しているか、まだ話してなかったわよね?」

 

 

あれは、5年も前。

私が17歳で妹が12歳の頃。

まだ、両方とも遠坂を名乗っていて、仲もそれなりに良かった。

喧嘩だってしたし、その分の仲直りもしたものだ。

一般的な姉妹だったと思う。ほほえましく遊んだりもした。

 

そんな、平和な日々に陰りが見え始めたのは、夏の初め。

妹の本格的な魔術の特訓が始まった頃の話しだ。

それなりに実力を認められ、長女という点でも跡継ぎを目されていた私はその日、偶然妹の魔術の特訓を見てあげることになった。

 

怪我のないように、ということで私がついて葉の安全を確保するため。そう、父様は私に命じたのだ。

私も嫌がらずに引き受けた。

 

それが全ての始まりだった。

「じゃあ、この宝石を使って、なにか……―――そうね、得意な魔術を見せて?」

 

遠坂が代々得意としてきた魔術、宝石魔術を試しに見せてもらおうとして私は妹に命じる。

「う、うん」

私の申し出に妹は頷き、魔力で魔術を行う。

緊張しているのか、魔術は完璧な形にならず、一陣の風を巻き起こしただけだった。

風の属性を持つ妹ならば、別段驚く理由もない。

しかし、私はその先を見てしまった。

 

風が私の肩を掠る。

 

掠ったところから血が噴出した。

「っぅ」

私はその激痛にこらえながら、葉の身に何も起きていないか、傷は負っていないか、それを確認するために目を開き、風と逆方向へ進む。

歩くのもままならない風は、いつの間にか嵐になっていた。

 

ありえない。

 

一番最初に感じたのは、驚愕。

 

自身の魔力を宝石に溜める事で魔力の持ち運びを可とした宝石魔術では、こんな風を巻き起こすことは不可能だ。

私が渡した宝石は安物で、多大な魔力を詰め込めば壊れる。そんな宝石なのだ。

ならば、この風はどこから来るのか?

 

私は、今一度妹を見る。

 

その瞬間、再び風が私の身体を裂いた。

今度は太ももの辺りだ。

痛みで立っていられなくなる。

 

今、気付いた。

かまいたちが発生している。

それほどまでに強力な風を作り出す――――。

 

こんな12歳の子供が――――まさか。

私は危惧した。

こんな大量の魔力を消費しているのだ。それが長く続けば。

 

魔力が暴走してしまう!!

 

魔力の暴走、それは魔術師としての死を意味する。

魔力は魔術回路という道を通り、魔術師の詠唱によって形を成す。

その経過で、無茶な魔術行使―――魔術回路で通すことの出来る魔力の量が限度を超えてしまえば魔術回路は破壊され、道をなくした魔力が身体の中で暴走する。

臓器を傷つけ、大怪我ではすまない傷を負ってしまう。

 

下手すれば――――死。

 

「止めなさい!葉!」

やっとの思いで、制止の声を出す。

すると、あっさり風は消えた。あたりは惨状だったが、そんな庭の心配より、妹の身体が最優先だ。

 

ボロボロの身体で、葉に駆け寄る。

そして、力いっぱい抱きしめた。

 

――――無事だった。

 

そんな安心感が、私にそういう行動をさせたのだ。

「大丈夫?怪我は?」

「うん。大丈夫。姉さんは?怪我してるけど」

「大丈夫よ、それより疲れたでしょ。帰りましょう?魔力の回復をしないと」

傷の痛みを一時的に忘れて、着丈に振舞う。

本当ならすぐにでも治療魔術を使いたいのだが、妹の身体に何かあったときの場合に、少しでも善処できるように魔力を残しておきたい。

 

自分の身体は、後回しで良いだろう。

私は、妹の手を取り歩き出す。

しかし、すぐに抵抗される。

私は何事か、と後ろを振り向くと葉は不満そうな表情をしていた。

「どうしたの?」

そんな葉を不思議に思い、問いかけると

「もう、終わりなの?」

「え?」

「まだ、特訓できるよ?」

 

アレだけの魔術行使をしておいて、まだ出来ると妹は言う。魔力だって相当消費しているはずだ。

なのに、まだ、出来る―――――?

 

私はその後、母さんからとんでもない事実を教えられた。

妹の魔力の埋蔵量は常人のそれを超えている。

量的には大人の魔術師に及ばないが、12歳の魔術師見習いにしては完全に規格外だという。

それは、つまり才能があるということ。

私は妹の才能を見てしまった。優れた才能を。

 

「その頃から私はこう思うようになったわ」

 

御三家としての誇りだってあった。

自身もあった。

努力だってした。

認めてもらえるように頑張った。

 

それでも、天才と秀才の差は努力しても埋められない。

最初から100ある天才に、最初0だった秀才が追いつけるわけがない。

追いつく間に、離されてしまう。

私と葉はそんな間だった。

 

「だから、私は17歳の冬。遠坂の家を出たのよ」

遠坂の繁栄を望むなら、これが正しいのだと言い聞かせ、私は家を飛び出した。

妹が家を継げば、繁栄は間違いないだろう。だから私は家を捨てたのだ。

宝石を買うために貯めたお金は、外国に渡るために使った。

もう、私には宝石魔術を専攻する必要などない。私はもうひとつ特異な魔術が有ったから。

その魔術を使えれば、充分だ。

 

たどり着いた先は、ヴァチカン市国。法王庁。

長旅と精神的な疲労で倒れてしまった私を拾ったのは法王庁の管理している聖堂教会にいた女性だった。

女性は多くを聞かず、多くを語らなかった。ただ冷たい瞳が、私を見て綻んだのだけは覚えている。女性の名は分からないが、私を救ってくれた恩人だった。

 

異端を嫌う聖堂教会はその中に異端を悉く抹殺するための機関を持つ。

埋葬機関……―――悪魔祓いというよりも、悪魔殺しといったほうが正しい。そこの代行者に拾われた私は、色々面倒を見てもらっていた。

いろいろと傷付いていた私を助けてくれたお礼に

「なにか、私に出来ることはありますか?」

そう、尋ねた私に対して、その女性は――――。

 

「あなた、魔術師でしょう?」

 

心臓が痛くなるような、質問をしてきた。

なぜなら魔術師にとって、代行者は敵の部類に入る。

神秘へ触れようとする魔術師と、神秘を守ろうとする代行者。

教会にとって、神域へ到ろうとする魔術師は邪魔者に過ぎないのだ。

 

しかし、その女性はそれも知った上で私を助けたという。

倒れた私を殺すことは、赤子の手首をひねるよりも簡単だっただろうに。

 

「ええ。で、ひとつ聞くけど。貴方はここで死ぬのと、ここで働くの、どっちがいい?」

「は?」

「どうせ、どこにも居場所なんてないんでしょう?ここはそんな連中が集まる場所。居場所をなくし、異端を嫌う者たちの殺戮部隊。貴方なら、活躍できると思うけど。遠坂華?」

 

名前しか教えてなかったはずなのに、この人は名字まで知っていた。

だとしたら、私に許されるのはひとつだけ。

 

「私を埋葬機関で働かせてください」

 

その日から私は魔術を止め、代行者としての体術と刀身の長い西洋剣のような黒鍵と呼ばれる武器による攻撃を習いはじめた。

訓練に2年、実地訓練に2年。

それで、代行者としての超人的肉体を手に入れた。

といっても、スペックは人間のままなのだから修練をサボれば体力は落ちてしまう。

もう少し訓練をつめば死徒と互角に戦えるようになるらしいが、私は初任務に冬木を選んだ。

その頃は随分さばさばしたもので、私は成長した妹を見るのが楽しみだった。

しかし――――。

 

「妹は、自分の苦労や考えも知らずに――――」

「そう、遠坂を継がずに事もあろうか衛宮の性を名乗っていた。だったら、私の苦労は何だったの?私が良かれと思って、妹に跡継ぎを譲ったのに、妹はそれを裏切ったのよ。許せない。私は遠坂の人間として妹を――――葉を許すことは出来ない」

 

扉を開ける。

 

「何者です」

そこには、予想内の人物が立っていた。

「久しぶり、実に5年ぶりね。セイバー」

 

セイバー…。前回の聖杯戦争から残っていたサーヴァントだ。

凛々しい風貌に変化は見られない。不老であるセイバーはマスターが死んだ後も、契約のもと60年、この家を守り続けていた。

今、セイバーを現世にとどめているのは母だ。母の魔力でセイバーは現世にとどまることが出来ている。

しかし、聖杯戦争へは参加しない。

実際に母は既に父と共に冬木を出た。

 

「華、本当に久しいですね。あの頃は17歳の頃でしたから、今は22ですか。道理であの時にはなかった貫禄があるわけだ――――。なっ!?」

微笑を返してくれた、セイバーは私の後ろに居るキャスターへ視線を移らせ、呆気に取られている。

「ああ、紹介が遅れたわ。こいつは――――」

「アーチャー!?貴様、何でこんなところに居る!」

 

そういえば、前回の聖杯戦争で会ってるんだったわね、この2人。

セイバーがお婆ちゃんのサーヴァントで……、ん?それ、おかしくない?

えっと、確かキャスターは元アーチャーでお婆ちゃんのサーヴァントで――――。

「華、この男は前回の戦いで凛のサーヴァントでありながら裏切り、契約を破棄し敵陣営に寝返ったサーヴァントです。気をつけたほうがいい」

 

 

 

「は?」

「……―――」

セイバーの言葉に、一瞬呆気に取られる。

キャスターがお婆ちゃんを裏切った?

 

「私はとある理由から、あるサーヴァントに捕らえられていたのですが、それを救済しに来てくれたのが凛だったのです。しかし、そこのアーチャー、いまはキャスターですが。ともかくその男はその場で凛を裏切り、契約を破棄し裏切ったのです。逃げた私の元マスターと凛は協力し、再び助けに来てくれましたが。そのときに私と凛が契約したわけです」

 

私はキャスターへ振り返る。

「事実?」

「ああ、紛れもない真実だ」

 

――――このやろう!!

 

私の、埋葬機関直伝直下型拳骨がキャスターの頭にヒットする。

かなりの激痛がキャスターを襲うだろう。吸血鬼も顔負けの筋力なのだから。

「っ〜〜〜」

その証拠にキャスターは呻いて、ごろごろと転がりまわっている。

自業自得だ。お婆ちゃんを裏切ったのが悪いのだから。

 

「さて、セイバー。母さんから話は聞いてるわよね。この戦いでは私の加勢をしてもらうわ。キャスターの魔術援護をしながら、セイバーは敵を倒してって。マスターは私が担当するわ。聖杯を手に入れようとする輩は全て灰に返すのよ」

「はい、承知しました。が、葉の事はどうするのですか?彼女も聖杯戦争に参加すると思いますが」

 

ああ、するだろう。

既にアサシンのサーヴァントを召喚している。

 

「アサシンとは、ハサンですか?」

「ハサン?ハサンって山の主のこと?」

「ええ。本来ならアサシンのクラスはその者しか該当しないのですが――――」

 

セイバーは考え込む。

どうやら例外もあるのだろう。

 

「私が見たアサシンは女だったわ。そこらへんに居るような人間よ。まぁ、言うなればかなりの美人だったってことは認めるけど」

「ならば、それはハサンではないでしょう。前回もそうでしたが。今回も――――」

既に聖杯の仕組みまで汚染が進んだということか。

これではどんな異常が発生するか、分かったもんじゃない、状態は芳しくないと言ったところだ。

 

それでも、私は勝たなければならない。

たとえ、妹を□□□でも――――。

 

*****

 

「遠坂は教会に寝返った娘をマスターにしたらしい。情けないことだ。狗である奴らに頼ってまで聖杯を手にするなど。魔術師として恥じるべきことだ。堕落したな遠坂も―――」

 

男はふん、と鼻で笑うと手に持っていたワイングラスを傾け、のどを潤させる。

長身痩躯の青年―――相貌だけ言えばまだ20歳ぐらいだろう。

しかし、20歳にしては貫禄が漂い、只者でないことを告げていた。

 

この男こそ、遠坂・間桐と続く始まりの御三家アインツベルンの現当主である。

 

男は指を鳴らし

「出でよ、セイバー」

その名を呼んだ。

「はっ、何事でしょうか。我が主」

そして姿を現したのは金砂の髪、凛々しい顔つき、深緑の瞳をもつサーヴァント。

「お前の願いもようやく叶う。例の人物は遠坂の陣営に入った。聖杯戦争が始まり次第、存分に殺しあえ」

「はっ、心遣い感謝します」

 

そういって、再び暗闇に消えたサーヴァント……セイバー。そのマスターは再びグラスを傾けた。

ただ、視線だけが虚空をにらむ。

 

その瞳には、ひっそりと憎しみが篭っていた。

その先をたどれば、一人の女性。

一人の女性が、壁に貼り付けられていた。

 

 

アインツベルンが用意した、聖杯の器。戦いの鍵である。

ホムンクルス

生き人形と呼ばれる――――

「作り物の偽者が、ユスティーツァの真似事か、甚だしい。立場を知れ」

作り物である。

女は気絶しているようだ。

身動きせず、貼り付けられたまま。その美しさは聖女に近い。白い髪は膝辺りまで伸び、その肌はまるで作り物のように綺麗だ。

端正な顔つきは、今は陰りを見せているが晴やかに飾れば、相応の美しさが出るだろう。

 

しかし男はその存在を嫌っていた。

所詮、その美しさも作り物である、と蔑み。

 

 

 

戦争は続く

それでも逃げられない

戦いが始まれば

逃げ道などないのだから。

 

 

あとがき

 

今回は華を中心に話が進みました。

次回は葉を中心に進みます。

これぐらいしか書くことがないのですが―――。

イメージ的には、始まりの終わり、でしょうか。次回から本格的に戦いが始まります。

お楽しみに。

 

〜次回予告〜

 

「まだ、あのことは話していないのですか?キャスター」

「なに、いずれ知るときが来る」

 

 

すれ違いが破滅を呼び

 

「おまえ、何者だ」

「我がクラスはランサー」

 

「真名はルー」

「「太陽神……!?」」

 

破滅が戦いを呼ぶ。

 

次回、三章・神の槍が到るところ

「さぁ、掛かって来い。生きているのなら、神だって殺してみせる」

 

Coming soon

 

Last updated at :2008/09/28(Sun) 16:52
Publish at :2008/06/14(Sat) 20:59

  • 一章/七つの導
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