Gate lain

*****
人知れず建つ丘の上の教会。
毎日クリスチャンが神の言葉を求めて訪れるこの言峰教会でも、夜になると人の足は途絶え無人と化す。
唯一、神父・シスターを除けばの話だが。
教会から続く廊下、その突き当りに存在する一つの部屋。
そこには一人の女性がいた。
長い髪は束ねずに、そのまま下ろしている。その流れるような黒髪は母譲りでこの女性の誇りでもあった。また、その黒髪に映える白い肌。そして、その身を包むシスター服は彼女の純潔を際立たせ、恐ろしいほど似合っている。
いわゆる、彼女は典型的な美人であった。
そうして、大量の本を書庫から引きずり出し読みふける彼女の名は遠坂華。
この教会にいるシスターである。
人々の乞い願いに、神の代行として哀れみの言葉をかけるのが仕事。
だが、彼女の場合、もう一つ仕事がある。
むしろこっちの方が本業だ。
異端者を忌み嫌う教会が誇る異端者審問官―――――埋葬機関が彼女の属する組織である。神の代行として、異端者を排除し浄化する。
――――つまるところ、殺戮集団の群れ、それが埋葬機関である。
その女性が本を読みふける。それは過去のある争いについて詳しく書かれた本。
そうして物語の幕は、静かに開いたのだ。
聖杯戦争という殺し合いの物語は。
*****
聖杯戦争…願いを叶える願望器を賭けた、文字通り殺し合いを意味する。
聖杯は己が持ち主を選定するため、7人の魔術師を選び出し、7つのクラスに分けられた使い魔を授ける。そして、殺し合いをさせ生き残った者ただ一組に聖杯の所有を許される。
それが、聖杯戦争。
決まった周期で行われてきた聖杯戦争も、今回で6回目。
前回に行われたのが60年前。冬木の教会で記録されているデーターでは5回目の聖杯戦争、勝者は不明。
聖杯は一人のマスターの手によって破壊と、記述されていた。
理由は聖杯の汚染にある。記録によると、聖杯は2回目まで正常だったらしい、しかし3回目でアインツベルンが呼び出したといわれる使い魔(聖杯戦争ではサーヴァントという)のアヴェンジャー・この世全ての悪が召喚され、戦いの前半で消滅。
サーヴァントが戦いで脱落した場合、聖杯へ変える仕組みの中、アヴェンジャーも聖杯へ帰還。
その結果、聖杯がこの世全ての悪によって汚染され、正常な機能を失った聖杯は4回目の戦いで大災害を起こし、冬木に大きな爪痕を残した。
この世全ての悪
アンリマユは聖杯を汚染し続け、聖杯の望みを叶えるという機能を、破壊によって望みを叶える残虐なものへと変更させている。
そのアンリマユを取り除くことは不可能。
聖杯の大本。大聖杯まで汚染されている模様。
5回目では聖杯を破壊することで、アンリマユが生まれ出ることを阻止した、とある。
「だとしたら、やはり今回も――――」
これらのデーターから、聖杯が既に私たちの人知を越えた物となっているのは間違いなし。
だとしたら、やはり今回の聖杯戦争も同じ措置が正しいのだろう。
聖杯の破壊。
それは、全てを知る教会の者―――聖杯戦争の監督役として、また遠坂の魔術師として今回の聖杯戦争、どんな手段を投じてでも勝たなければならない。
勝って、聖杯を破壊する。
60年前のように生々しい破壊ではなく、大聖杯を破壊する根本的な解決を狙った、破壊である。
それが意味することは、260年もの間続いてきた伝統儀式を破壊によって止めるという事だ。
そうすれば、冬木の聖杯は消えサーヴァントが呼び出されることもなくなり、魔術師が集うことのない、少し優れた霊脈であるということだけの普通の土地になる。
「しかし、それよりも問題なのが、どうやってそれを他の魔術師に聞き入れてもらうか」
聖杯を求めてやってくる魔術師は誰もが望みを持ち、やってくるのだ。
聖杯を壊します。で、はいそうですか。なんて協力する魔術師は居ないだろう。
サーヴァントも然り。というか、サーヴァントのほうがマスターのほうより御しにくい。
歴史の覇者である英雄……―――、望みを持った英雄は聖杯(世界)と契約し、この戦争に参加する。
つまり、聖杯を破壊するということは、サーヴァントを否定するということだ。
自分の聖杯戦争は始まり早々難色を表している。
終わりよければ、全てよしというが……――――終わりさえ良いものになるか、どうか。
「しかし、自分が引いた手札が協力してくれるだけいいとするか……――――、引いたカードは最悪だったけど」
既に召喚している自分のサーヴァントは驚いたことに、私の申し出に対し理解してくれた。
元来サーヴァントは聖杯が欲しいから、聖杯戦争に参加するはずなのだが。
私が召喚したサーヴァントは、簡単に
「あぁ、そのことだったら心配しなくていい。これといって叶えたい願いもないからな。私には。マスターである君の言うとおりに行動しよう。何を協力すればいい」
まぁ、そういう経緯で今現在も過去の聖杯戦争のデーターを読み込んでもらっている。
教会にたまった書庫の整理をしながら、どうすれば聖杯戦争を丸く収められるか、など……の模索の最中である。
聞いたときは10分ぐらい固まってしまったが。
「華、こちらは全部見終わったが、ほとんど同じ内容だ。日々の記録まで詳しく載っているものは残念ながらなかった」
ついでだが、華――――というのは、私の名前である。本名を遠坂華。
始まりの御三家である間桐・アインツベルンに並ぶ名門だと自負している。
「そう、ありがとう。キャスター」
そして、私が召喚したサーヴァント・キャスター。
最弱のサーヴァントだ。
「仕方あるまい、君が最後までぐずぐずしているから、該当クラスがこれしかなくなってしまったのだからな。自業自得というものだ」
私の心を読んだのか、いじける様にキャスターが呟いた。
私のサーヴァントは相当の捻くれ者で、最初は私をマスターだと認めなかったのだが、力で説き伏せ認めさせたのだが、相変わらず態度はでかい。
「う、うるさいわね!私だって色々あったのよ!」
(それで一人の特定の人物に膨大な殺意を持っているけど)
大体、私はこの町に監督役として訪れたのである。
まぁ、魔術師である私が何故、教会に所属したのか。語れば長くなるので別の機会にしよう。とにかく、訪れた私は愕然とした。
既に5年も前に魔術師を止めていた私に浮かび上がった印――――。
コマンド・スペル
≪令呪≫が刻まれていたからである。
コマンド・スペルとはサーヴァントを呼ぶ為に必要なもので、聖杯戦争の参加資格といってもいい。つまり、令呪とはサーヴァントの所有権。
また、三度に限られた絶対命令権でもある。
サーヴァントでも不可能な事を聖杯の力を借りて可能とする≪令呪≫の使い道が勝敗を決めるとも言われていて、軽率に使ったりすることは即ち、死を意味する。
令呪を失ったマスターは、サーヴァントの所有権も失う。
聖杯戦争の敗北を意味するのだ。
なぜなら、令呪が消えるということは聖杯戦争の参加資格も消えるということ。
勿論、サーヴァントも魔力を与えてくれる契約者が居なくなるのだから消滅する。
すぐに消えるわけではないが……――――。
「しかし、何故いきなり情報収集を始めた?君はこの本に載っていないことや、さまざまな現状を知っていた。……―――このような行動は不必要だと思うが」
「いいえ、そういうわけでもないわ。だって、そうでしょう?これから体験することは間違いなく私の予想をはるかに上回る。百聞は一見にしかず。私自身が聖杯戦争に参加するのは初めてなのだから、あらゆる異常にも対処できるようにしておくことが大切よ。その為により多くのデーターと対処法を学ぶ必要がある。いい、キャスター。私たちはいかに聖杯戦争を自分に有利に進むように模索しているわけではない。聖杯の破壊が目的で、戦いはその通過点に過ぎないのよ。私たちに負けは許されない」
私は、目線を手元の本に留めたまま、隣に居るキャスターへ語りかける。
そして、最後にキャスターの目を見て
「決してね」
追い討ちをかけて、手元の本を閉じた。
これが最後の書物。
もう、読むべき本はなく――――。
考えるべきデーターもない。
「これから拠点を移すわ。教会は助手の子に頼んだし」
私はキャスターを見て、出立を伝えた。
「何故拠点を移す。ここならば、他のマスターが干渉することもあるまい?」
しかし、キャスターは動かない。そして、不満そうな顔をしている。
確かにそのとおりなのだが、ここが安心とは言い切れない。
なぜなら――――。
「私たちがここに居る以上、ほかのマスターたちにとって、この教会は落すべき城壁。敵の陣地なんだから、どこに居たって変わらず危険よ。それよりも優れた霊脈である私の家に行くのが最上の手段だと思うけど?」
キャスターはふむ、と頷いて、考えるようにうつむく。
「そういえば、聞いていなかったが。君の名字はなんと言う?」
(あれ?言っていなかったっけ)
「私は遠坂よ。遠坂華」
気のせいかもしれないが、キャスターは少しの間だけ固まったように見えた。なにか、あったんだろうか?
なんか、へんな事言ったかな。
「ということは……――――。華、ひとつ聞くが、君の母親は凛と言う名か?」
「いや、それはお婆ちゃん。……――――って、なんであんたが知っているのよ?」
なんで、こいつが私のお婆ちゃんを知っているのかしら?謎だわ。
「私と凛は共に戦った。……――――仲間だ」
また、急展開。しかも驚愕の事実。
キャスターはその理由を話し始めた。
それは60年も前。第5次聖杯戦争の頃の話だ。
当時現役だった遠坂凛(私の祖母)が魔術師として聖杯戦争に参加していた頃。キャスターはアーチャーとして祖母に召喚されたらしい。
そして、色々あったが生き残り、戦いは終わった。
アーチャーは最後まで生き残ることが出来たらしいが、聖杯を破壊したのはセイバーだという。
セイバーの宝具を使い、汚染された聖杯を破壊した。
「そう、あんたがお婆ちゃんの言うアーチャーか」
「凛が何か言っていたのか?」
「ええ、とんでもなく捻くれた奴だけど、根は優しくて憎めない奴」
キャスターが固まる。
しかし、すぐ笑い出した。
「何がおかしいの?」
少しむっとして、聞き返す。キャスターの笑い方がなぜか癪に障った。
「いや、すまない。随分あの頃の凛と似ていたものでな。君は凛に似ているから、重なってしまったんだよ。本当に申し訳ない」
本当に申し訳ないと思っているのだろうか?怪しいものだ。
「しかし」
ふと、キャスターが真剣な表情で私を見る。
「どうして、遠坂の者が教会に所属している?君は長女だろう」
私は、息を短く吸い込んで
できる限り冷静に言い返した。
「遠坂の家は妹が継いだわ」
―――――精一杯の憎しみをこめて。
*****
武家屋敷、といっても過言ではない立派な屋敷がそこにはあった。
そこは、蔵もあり、道場もあり、まるで旅館のようなつくりをしていて、10人ぐらいは易々と泊れるぐらいの広さを有している。
しかし、この家には一人の少女しか住んでいなかった。いや、今は実質二人になっているのだが。
とにかく、広い屋敷にはたった二人の住人。
一人は家主である衛宮葉――――近くの学園に通う一般の女子高生だ。
少し茶色を称えた焦げ茶色の神は肩を少し過ぎた辺り、長いとはいえない髪型をしていて、瞳は大きくつぶらで、綺麗な琥珀色をしている。
穂群原学園に通う彼女は、その制服を着こなしている。
そんな綺麗、と言える少女は家の廊下を全速力で駆けていた。
……般若の如く。
*****
なんて、無様。
目の前に広がる惨状を目の当たりにして、自身の失態を呪い、数秒前の自分を殺したくなった。どうしてここまでほっといてしまったのか。
あのじゃじゃ馬を。
大きく息を吸い込んで、叫ぶ。
「出てきなさい!アサシン!」
びりびりと大気が振るえ、近くの何もなかった空間から少女が現れた。
「!?」
サーヴァントである彼女は姿を消すことが出来る。
だから、別段驚くことでもないが、――――私が驚いたのは違う事だ。
アサシン……少女は空から落ちてきた。霊体から実体化したわけじゃなく転落してきたのだ。
驚くのも無理はない。
「大丈夫?アサシン」
アサシンの姿は目立つ。
……なんというか、和洋折衷もいいところだ。
着物の上に革ジャンを羽織り、ブーツを履いている。
だが、それが凄く似合うのだから仕方が無い。
鋭い目つきは何もかも見透かすように底が無く、髪は黒く艶やかで、とてもサラサラしている。
女から見れば男に、男から見れば女という中性的な容姿。
召喚した時、私はそんな彼女に見惚れてしまったほど、美人だった。
その少女は少しだけ身体を震わせると。
きっと、私をにらんで
「大丈夫なわけあるか!なんで、あんなに大声出すんだ。馬鹿じゃないのか、お前」
と、喚いた。
少しの間見惚れてしまったが、マスターを侮辱するサーヴァントに、私だって負けてはいられない。
私は家で無数に見つけた足跡、縁側の廊下に続く泥付き足跡をさして、叫び返した。
「これあんたでしょ!あれだけ家の中では靴を脱ぎなさいといったのに、あんたの方が馬鹿でしょうが!」
そう、事もあろうかこのサーヴァント靴を脱がない。
前に何故かを問うた所、めんどくさいから、と一蹴された。
召喚したときからこれなのである。腹が立つのも当たり前だろう。
私が召喚したのはアサシン。
といっても、全く正式な召喚とはかけ離れていたが。
事もあろうか、私は魔方陣に前の日に形成した刀を置きっぱなしにしてしまったのだ。
おかげさまで、規格はずれのアサシンを呼び出してしまった。
しかも、刀を媒体に呼び寄せたため、わざわざ刀に魔力を通さないといけない。
私の血に流れる”肝心なところでミスする”が一番重要なところで発揮されてしまった。
ああ、――――なんて、無様。
私はメーターの針が振り切られるほど、怒りで脳みそを溶かし、それが外に溢れ出そうとした時。
家のチャイムが鳴り響いた。
「……、気をつけろ。サーヴァントも一緒だ」
認めたくないが、この女はアサシンとしてかなり有能で、気配察知に関しては随一だ。
性格がこれでなければ仲良く出来たというのに。
「はい、衛宮ですけど――――」
言う前に、私は訪れた客人に押し倒された。
激痛が背中を襲う。
私はどうにか目を開けて、目の前の人物を見た。
その人物は私を押し倒し、すぐに起き上がろうとしている。
顔ぐらいは見ないと、これで逃げられたりしたら最悪だ。どのサーヴァントを連れ、どんなマスターか……―――。
そして、私と目が合った。
シスター服を着こなした、無慈悲なる代行者の、鋭い眼と。
「姉、さん」
「久しぶりね、葉。元気だったかしら」
私にまたがり、仁王立ちする人物は皮肉気に笑って、私を引きずり立たせた。目線が対等になる。
遠坂華……私の姉である。
「っく、帰ってきてたんだ」
「よくも、いけしゃあしゃあと……ッ!」
華は、握りこぶしを私の顔面で構えた。
私は歯を食いしばる。
「華そんな場合じゃないだろう。伝えることを伝えて帰るぞ。この娘もマスターならサーヴァントが近くに居るはずだ。霊体であるうちはいいが、実体化したら殺されるぞ」
その言葉と共に、姉の後ろにサーヴァントらしき男が立つ。
そして、同時に私のサーヴァントも実体化した。
「分かっているじゃないか。中々に鼻が利くな、お前」
首に刃物を突きつけた状態で実体化した私のサーヴァントに、姉は心底驚いたのか、数歩後ろに下がる。
私はようやく開放された。
「……わかったわよ」
悔しそうにつぶやいて、ようやく構えを解き、普通に話し出す。
「分かっていると思うけど、聖杯は完全に汚染され、通常な機能を果たさなくなってしまった。今回の聖杯戦争は前回、前々回のように悲劇を起こす前に聖杯を破壊します。そのために無駄な戦いは避けてください。……―――これは、監督役としての命令よ。もしも、それでも戦争をしたいなら、私が相手をするわ」
苦虫を噛み潰したような顔で、そう言い放ち去っていく。
サーヴァントだけが残った。
「君が華の妹か。……似てるな。あの男に」
理解不能なことを呟いて、男も消えていった。
私は終始無言。別にうろたえていた訳ではない。
ただ、変わってしまった姉があまりにも悲痛で―――――。
姉が教会に所属し働き始めたのは5年も前。長女である姉は遠坂の家を継がないで、出てってしまったのだ。
あれから、温厚で優しかった姉は変わった。
まるで、世界を嫌い、異端を嫌う。教会の狗のような人間になってしまったのだ。
私はそんな姉へのせめてもの反抗で、衛宮の家を継ぎ、衛宮を名乗るようになった。
だから、姉が怒るのも無理はない。
私が、姉を。遠坂を裏切ったから―――――。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫。そんなことよりも、さっきのサーヴァント」
「ああ、おそらくキャスターだろう。変な格好だったが」
キャスターだ、とアサシンは呟いた。
サーヴァントとは、7つのクラスに分かれ
剣士・セイバー
弓兵・アーチャー
槍兵・ランサー
騎馬兵・ライダー
魔術師・キャスター
狂戦士・バーサーカー
暗殺者・アサシン
に分かれる。
そして、マスターは他のサーヴァントのスキルを見ることが出来る。
私のサーヴァントはアサシン。
そして、姉のサーヴァントはキャスター。
「戦いが、そろそろ始まるわ」
*****
その夜、運命の夜。
既に召喚されていたサーヴァントを含め、全てのサーヴァントがそろってから迎えた初めての夜。
それぞれの望みを持ち、様々な野望を持ち。
戦いの火蓋は切られる。
聖杯、願いをかなえる願望器。
それを手にするために奔走する魔術師にとってサーヴァントはまさに聖杯へ導く導のようなもの。
7つの導そろい、7人の魔術師によって戦争が行われる。
その、始まりの夜。
あとがき
著作権について
サイト内の作品全ての無断転写・転載は禁止しています。