剣舞騒乱

剣舞騒乱 

 () これは剣舞騒乱を大量加筆・修正したものです。

そして、第五部まで書いた作品です。

 

 

 

Mikiya side

 

『最新ニュースです』

 

テレビのブラウン管から、ニュースを伝えるニュースキャスターの声が事務所に響き渡る。

また一般家庭と同様にニュースに魅入る事務所にいる僕、こと黒桐幹也と事務所のオーナーである蒼崎橙子さん、そして妹の黒桐鮮花は手を止めてニュースを見ていた。

 

まあ、それぞれの仕事の手を止めてまで、見る価値があるや否やといわれれば、首をひねるものばかりだが。

それでも、ニュースを見るわけ。

それは、最近起こっているある事件についてである。

その事件の速報を知るために僕らは仕事中にわざわざニュースに魅入っているというわけだ。

 

『………―――――、では、次に最近続いている連続猟奇殺人事件についての速報です』

 

そして、待ちに待ったそのニュースの速報が、流される。

 

連続猟奇殺人事件。

最近立て続けに人が殺されるという、通り魔事件だ。

それも、ただの通り魔ではなく、その名のとおり猟奇的な殺人事件。

 

死体は綺麗なものだ。

しかし、唯一人間として必要なもの、………―――――心臓が欠けている。

心臓だけがくりぬかれ、それ以外はいたって普通。

その傷さえなければ生きているようにだって見えるという。

これは、実際に死体を見た式の話だ。

その当の本人は数日音沙汰なく、連絡はできるが会えないという日々が続いていた。

なんでも、所長の依頼で夜の街を徘徊しているらしい。

その所長曰く、あまり派手なことがこの町で立て続けに起こると、魔術協会が検分に来る可能性があるらしい。

そうなると、封印指定である所長にとって非常にやばいことになるということで、事件が公になる前に犯人を倒す必要があるというわけだ。

 

『犯人はいまだ捕まらず、昨日の夜にも被害者が増えました。被害者は………』

 

しかし、ニュースでもやっているとおり、被害者はいまだ増え続け、式でさえ犯人にいまだ会っていないという。

 

『これで、今月に入ってきてから11人に被害者は上り、まだまだ、被害者は増加の一歩をたどるとされています。近辺に住んでいる方々は外出を控えてください』

 

それにしても、この事件の犯人は何を考えているのだろうか?

心臓をくりぬくことに意味があるとは思えない。

「いや、そうでもないさ」

いままで、沈黙を守っていた所長は、煙草の吸殻を灰皿に押し付け、火を消しながらそうつぶやいた。

しかし、そうでもないというのはどういう意味なんだろうか?

 

「だから、なぜ心臓をくりぬくのかって話さ。いいか、鮮花も聞いておけ。これは魔術師にも、関係あることだからな。

昔から、人間にとって一番の栄養は血液なんだ。動脈に流れる血は栄養を運ぶ血液で鉄分も多く含み、最高の栄養とされてきた。しかし、人が血を吸うことはない。なぜかわかるか?」

「えっと、人が人の血を吸うことは人間の道徳に逆らう、からですか?」

 

所長の問いかけに、妹の鮮花が答える。

鮮花は何故か、魔術師になろうとしていた。

魔術師は血筋を重んじていて、家系を重ねることで立派な魔術師を作り上げることが、当面の魔術師の目的だ、と橙子さんがいっていた。いっておくが、僕の家に魔術師などいない。

いたって普通の家系である。

だから、立派な魔術師も作り上げることは不可能だし、まして魔術師になるなんてありえないはずなのだ。

しかし、何故か鮮花は、魔術師になるといって聞かなかった。

 

でも、橙子さん曰く、火の魔術は天才の域の実力持っているという。

だけど、兄としては普通の女の子として暮らしてほしかった。という気持ちのほうが現在は強い。

というか、式といい、橙子さんや鮮花といい、どうして僕の周りには普通の女性がいないんだ?なんというか、男としてみっともないような気がする。

 

しかし、それは周りが強いだけで、僕は弱くない。

 

弱くないのかな?

 

僕が自分自身のありように葛藤、悩み苦しんでいる間も、講義は続く。

橙子さんは再びタバコをくわえた。

 

「まぁ、それもあるがな。本筋は違う。必要ないからだよ。わざわざ人の血を摂取してまで栄養を必要としなかったんだ。なぜなら、鮮花の言ったとおり道徳に反するし、手間もかかる。それに、効率よく人間の血液から養分をとるためには動脈から血液を取らなければならない。要するに、人を殺す必要があるんだ。注射器というものがなかった古来の人間は心臓から血液をとるしかなかったからな。

そんな手間よりも、違う方法で栄養を摂取することを選んだ人間は血液を摂取する必要がなかったというわけさ。しかし、そうでない人間もいたわけだ。

心臓から血液を摂取し、人の肉を食うようになった人間は人間から外れたものになってしまったというわけだ。その結果、この世界に鬼という化け物が生まれた。まぁ、もともと鬼の血を持つものもいたわけだが、それとはまた違った鬼種として、現代まで生き残っているんだが、この事件はその類の奴らの手によるもので間違いないな。

心臓が抉られているというのがいい証拠だ。だから、式をやったんだ。あれに通用するのはもはや直死の魔眼しか手がない。魔術では殺せないだろう」

 

所長は大きくため息をつき、テレビを消した。

ニュースは淡々と次のニュースを伝えていた。

 

「魔術では殺せないってどういう意味ですか?」

研究熱心なのか、それとも好奇心からなのか鮮花は質問を重ねる。

所長は苦笑いした。

「血液は人間にとっても、鬼種にとっても、そして、魔術師にとっても栄養になるんだよ。

人間と鬼種にとっては栄養として、私たち魔術師にとっては魔力として。鮮花、前にも言ったが、人間と魔術師の違いは魔力を通す道があるかどうかだ。魔術回路の有り無しが、大きな違いなんだ。つまり、普通の人間にだって魔力はある。だから、人間の血を飲むことは魔術師にとっても魔力を生成するいい栄養となる。だから魔術師上がりの吸血鬼が多いんだ。

話を戻すが、この通り魔の犯人は大量の血液を摂取しているだろう。心臓に流れる血は最高純度の魔力の塊だ。魔力は個々それぞれで蓄えられる量と言うものが決まっている。

車を思い浮かべろ。あれは入れる量が車個々で違うだろう?人の体だって同じなんだ。つまり、通り魔の犯人は恐らくかなり器がでかいのだろうな。そういったものは必ず死ににくい体だ。魔力の蓄えが多ければ多いほど、その魔力で体の傷を補うことができる。だから、よほどの魔術師もしくは死という概念を持つ武器でなければ、通り魔の犯人は殺せない。式は魔力の蓄えとか関係なく、完膚なきまでに殺す力を持っている。だから、魔術師では殺せないというわけさ」

 

気が遠くなりかけて、橙子さんは言葉を区切った。

 

それは、来訪者が訪れたからである。

 

その来訪者に橙子さんは目を見開き、驚いているようだ。

僕は、その視線をたどり後ろに振り返る。

その姿を理解するのに、恐らくコンマ一秒も必要じゃなかっただろう。

 

そう、現れたのは式だった。

 

しかも、体中を血に染めて。

 

「っぅ――――――――――っ」

痛みに顔をゆがめ、部屋に入ってきた式は大量の血を流し、吐血し倒れた。

「っ、式っ!!」

僕は、床に倒れこむ式を抱きかかえる。

彼女の着る着物は、もとの色がわからないほど、血に染まっていた。

 

ほっとけば間違いなく死に至るだろう傷。

失血死しないのが不思議なほど、大量の流血に僕は目に見えてうろたえていた。

自分には何もできない。

こんなに、痛そうに苦しむ式を助けることなどできないのだから。

 

「どけ、黒桐。治療する!」

橙子さんはそんな僕から式を取り上げ、隣の部屋に連れて行った。

 

式の手は青白く、おおよそ生きているようには思えない。

僕は、思考が停止していた。

 

だから、どうして、式があんな姿になることになったのか分からなかったし、知ろうとも思わなかったんだ。

式は、強い。

そんな式が、誰かに負けるなんて―――――。

 

*****

Siki side

 

それよりも、少し前の話。

 

夜の闇に包まれた町の中。

私は一人で夜の街を散歩していた。

散歩といっても、ある目的を兼ねてでもあるが。

最近町では猟奇殺人事件なんてものが起こっていた。

被害者は全員心臓をえぐられているという怪事件。

その怪事件の犯人を捜すというのが、この散歩の目的でもあった。

 

被害者は今月に入って10人にものぼり、そのせいで夜このように街でたむろする者はいなくなり、文字通り無人の街と化している。

街頭の光さえなければ、いつかの廃墟ビルとあまり変わらない。

違いといえば、浮遊している霊がいないところぐらいだろう。

 

そして、私はそんな危険なところを一人で歩いている。

 

こうすれば、犯人は自分を狙ってくるだろう。

いなくなってしまった獲物を求め、無防備に町を散歩する私を襲う。

そして私を襲ってきた犯人を倒すというのが、橙子のいった作戦だった。

 

まわる場所は路地裏に限る。

 

なぜなら、路地裏では人殺しが行いやすい。来た道にしか出口はなく、淀んだ空気は行き場所を失い、そんなところは、必ず殺人の現場になる。

 

橙子が言うに、その場所で起きたことは、場所が記憶するらしい。とくに、その記憶を流す場所のない路地裏、密室は記憶が積み重なり、一種の暗示作用を生み出すらしい。

密室で起きた殺人は、その室内で殺人という記憶が重なり、無意識下で人の精神に影響を与える。

並みの人物には害はないが、気の弱いものなどには暗示がかかってしまい、再び記憶どおりに密室殺人が起こる。

自殺したくなる絵や、気持ちが悪くなる絵などは、その記憶によっての副作用だという。

自殺したくなる絵は、この絵を見た後、何かの偶然で本当に自殺した人間の記憶、それを絵が吸い取ってしまうことで、さらに効果が倍増する。

 

路地裏も同じようなものだ、と橙子が言っていた。

 

だから、現に今までの殺人事件のすべてが路地裏で行われているのだ。

恐らく、少し前にあった連続殺人事件の殺人鬼によって刻まれた場所の記憶のせいで。

 

しかし、それは好都合だった。

 

腰に挿したナイフは血を求め、私自身も殺したくてしょうがない。

こうやって私はずっと夜の道をさまよっているのだ。

 

猟奇殺人事件の起きる町の夜を一人で。

 

あるいは、場所の記憶に影響を受けているのは私のほうかもしれない。

 

 

そして、どれくらいたっただろう?

 

私は、ふと、気配を感じて振り返った。

そいつは、昔から顔見知りだったように、やぁ、と歩み寄ってくる。

 

無邪気な笑顔。

 

一瞬、あいつを想像してしまった。

私は頭に浮かんだ映像をナイフで滅多切りにして、男を見ようと目を凝らす。

 

すると暗闇にいたそいつの、はっきりとした姿が明らかになった。

そいつは男のようだ。

 

180ぐらいはありそうな長身で、がっしりとした体に、大きなコートを羽織っている。

下はTシャツのようだ。

見た目は軍隊に居そうな感じ。

しかし、間違っても、全身に血のにおいをまとわせたような男が、国民を守るための軍隊に所属しているわけがない。

なら、答えはひとつ。

「お前が、殺人鬼か」

 

私は、帯の下から愛用のナイフを取り出した。

 

ナイフを向ける相手はもちろん、目の前の男に他ならない。

「………―――――殺人鬼、か。君には言われたくないな。そのナイフで何人殺してきた?

10人か?100人か?それに比べれば、俺の殺人なんて小指の垢程度さ。両儀式。

俺が求めた、最高の殺人鬼」

 

私は、昔殺した殺人鬼を思い出していた。

起源覚醒者。

あいつも、そんなことを言っていたな。

 

「生憎だが、俺は一度しか人間を殺したことはない。俺が殺すのは異端者だ。お前のような人間のなりそこないや、死に底ないの吸血鬼しか殺したことはないんでね。お前とは一緒にするなよ、殺人狂」

 

男は、ははは、と乾いた笑い声を出す。

まるで、認めるような。あきらめに似た同意。事実のようだ。

その笑みが、再びあいつを思い出させる。

それが嫌で、私は………――――――――――――――――。

 

俺は、男との距離をゼロにした。

 

男は呆然としている。

反応し切れていないみたいだ。

当たり前か、武の心得がない奴に、俺の動きは残像しか見えないはずだからな。

 

所詮は、ただの人殺しか。

「はっ、」

男は、小さく息を呑むと腕を前に出し、頭をかばっていた。

少しだけ驚く。まさか、捌くなんて。

一体、どれだけ反射神経がいいんだ、こいつは。

 

だが、それも僥倖か。

まず、腕を殺してしまえば、何もできまい。

 

俺はその腕に走る線を解体しようとして、―――――――――視た。

 

しかし、何もない。

何もないのだ。

線ひとつない、きれいな姿。

所々に走る線のなか、それは一種の奇跡だった。

 

(線が、ないだと!?)

 

そう、男の体には線がなかった。

死の概念がないのか、男の体には点も線もない。

死ににくい体というレベルじゃない。

これは、格が違う。死ににくいじゃない、死なない体なのだ。この男は。

ナイフが、何もないところを深く抉る。

 

男の顔が痛みに歪み、腕から血が迸った。

 

どうやら、死なない体ではあるが、傷は普通に負うらしい。

ならば、持久戦だ。

 

俺は、一旦男から離脱する。

 

「ひゅっ!」

 

そして、短く息を吸い、再び男へ走り寄る。

今度は足、そして腕、胴体、足の付け根、顔、背中の至る所にナイフで抉っていく。

 

それを無呼吸で、それこそ一瞬で、行ったのだ。

 

男は遂に立てなくなったのか、膝を地面につけた。

血がさまざまな傷口から噴射している。

 

俺は、動きを止めて、男の目の前に立って、男を見下ろした。

 

男は、肩で息をしていて、辛そうにしている。俺は、男の首の付け根にナイフを宛がった。

恐らく、それがとどめの一撃になるだろう。

 

「お前には驚かされたぜ。まさか、死が無いなんて。考えても見なかった。だが、俺の相手にしては戦闘の経験が浅すぎたな。異端者としては弱小って事だ、殺人狂。生まれ変わってから出直すことだな」

 

ナイフを振り上げる。

ひゅっ、と風を裂いてナイフが男の首を――――――!?

 

「僕が弱小だって?」

 

ナイフの刃を素手でつかんだ男は、地面を見たまま、そう呟いた。

 

地 面 を 見 た ま ま、ナ イ フ を つ か ん で い た の だ。

 

「っ!?」

殺気が先程までの数十倍にも膨れ上がって、重圧が凄い。

びりびりと肌がしびれる。

 

(なんなんだ、この違いは)

 

思ったとき、何かが軋む音がした。

ナイフだ。

ナイフが、男の握力で曲がり始めている。

ありえない、と呟きかけたとき、俺は凄い勢いで、ナイフごと投げ飛ばされた。

 

視界が回る。

俺は無様に路地裏の角まで転がっていく。

そして、背中が強く壁に激突した。

そんな自分の状況が信じられなくて、他人事みたいに、背中からの衝撃を受け入れる。

しかし、痛覚はそれを許してくれない。

 

俺は、勢いよく吐血した。

激痛が襲うのと同時に。

 

「ぐっ、お、お前は、一体?」

何者だと、聞こうとした時、万力で首を絞められる。

続きを紡ぐ事は許されなかった。

男の顔が目の前にある。

その顔は、憎しみで鬼のような形相になっていた。

まるで、先程の笑顔は、仮面だと言わんばかりに。

 

恐らくこちらが本当の顔、なのだろう。

 

「何者なんだ、お、まえ」

ようやく出した声、それを聞いた男は嬉しそうに笑った。

待ってました、という顔だ。

男は、腕を放す。

俺は、酸素を求めて喘ぐ。血がようやく頭にめぐってきて、ぼやけていた視界もクリアになった。

 

「俺の正体、聞きたいか」

 

さっきの笑顔とは比べようも無い、いやらしい笑顔に、悪寒が走った。

 

きもち、わるい。それが、感想だ。

 

「俺の名前はすばる。鬼崎すばる。誇り高き鬼の一族だ。聞いた事ぐらいあるだろう?

退魔の一族、両儀の次期当主・両儀式!」

 

なぜ、こいつは私の名前を知っているのか。

でも、いまは、そんなことを考えている場合じゃない。

 

確かに、聞いたことはあった。日本古来から伝わる鬼という化け物。そのなかでも一番人に近い鬼、鬼人。人から鬼になったとされる種類の鬼種である。その末裔のひとつが鬼崎であると記憶している。

 

しかし、すばると名乗った男は、なぜ今頃人間を襲っているのだろうか。

たしか、鬼人は絶滅寸前にまで追い込まれた。

そこで、鬼人たちは人の血肉を食わぬと退魔機関と約束し、死を免れたはずだ。

 

そうして、退魔機関の監視の下、山奥でひっそりと種を減らしていく運命だったはずなのに、どうして、今になってこの男は再び人を襲うのか?

それでは、自分たちの破滅を早めるだけではないか。

 

じゃあ、なぜ?

 

「そんなの、力を手に入れるために決まっているだろう。でも、今日でそれも終わりだ。僕は一族の繁栄のため最強の血と交わらなければならない。血を吸わなくなった鬼人は既にただの人間だ。何の力も無い、人間に戻ってしまう。だから、僕は血を吸い、力をためてきた。君との戦いで勝利するために」

鬼崎すばるは全身を震わせて笑った。

 

しかし、どうして私との戦いで勝利しなければならないのか。

 

そう考えたとき、全体がもやもやしていて、形のつかめない現状が、しっかりと見えた気がした。

もしかして、こいつは―――――。

 

「そうだよ、両儀式。君は僕のものになってもらう。最強の殺人鬼である君と、同じく最強の殺人狂である僕たちの子供は、間違いなく最強だろう」

 

私は立ち上がる。

始めて私は、この男に明確な殺意を持ったのだった。

ひしゃげたナイフを、地面に放り投げて、もう一本、折れた刀から鍛えなおしたナイフをとりだした。

 

しかも、魔術で保護している。

 

「来いよ、殺人狂。本気でやりあってやる」

すばるは、にやりと歪んだ笑みを浮かべた。

「それでこそ、両儀式。俺が求めただけではあるな」

 

そういって、すばるは武の構えを解いた。

何のつもりだろうか?隙だらけじゃないか……――――?

暗い闇のなか、すばるの周りに赤い靄が湧きだった。

靄はたちまちすばるを覆い、それはある形を象っている。

 

それは―――――、鬼だった。

 

すばるの体の数倍はあると思われる靄は、すばるが腕を振り上げると同時に同じ行動をして、腕を振り上げる。

 

私は、それを呆然として見ていた。

 

すばるは、そんな私を見て一瞬だけ微笑むと腕を振り下ろした。

靄も同時に。

 

「が、はっ!」

胸から腹部まで深く抉られた。

私は、反応することもできずに、吐血してそのまま倒れた。

 

そうか、これが鬼崎の力なのか。

理解したが、思考が定まらない。このままでは完璧に殺されるというのに。……いや、それはないか。私が生きていないとあっちも都合が悪いはず……――――。悪いのか?

やっぱり、血が減りすぎたのか、思考がどうしても纏まってくれない。

 

意識も朦朧としている。

鬼崎すばるが私のところに歩み寄ってくるが、駄目だ、動けない。

 

――――私が最後に見たのは、笑っている鬼の姿だった。

 

*****

Subaru side

 

「やりすぎたな」

 

路地裏に血だらけで横たわる両儀式。

自分が憧れて、そして、傷つけた両儀式の姿に興奮する。

口角は、自然と吊り上っていた。

実は、彼女とは一度会ったことがあった。といってもごく最近の話だが。

あれは確か、自分が人の心臓から血液を摂取しているときだったはず。彼女は凛とした顔つきで僕の前に現れた。

しかし、彼女の顔をはっきりと見たわけではない。

顔を見られるのはまずかったので、すぐに逃げたのだが、あの顔つきは一生忘れることは無いだろう。

 

蒼い、蒼くて深い、きれいな瞳。

 

あれは自分が望んだ、最高の殺人鬼だと気づいた。

だって、全身からは禍々しい血のにおいがしたし、その背後には修羅の巷が渦巻いていた。

彼女が歩いてきた道には、たくさんの死者がいる。

 

俺と歩いてきた道が似ている。

血で血を洗う日々。

そんな彼女に俺は少しだけ同感していた。

 

そして、救いたいとも想った。

 

しかし、俺が望んだのは、両儀式を救うことではない。

ただ、あの子のためだった。

道具にされ続ける一人の少女。

その少女を救うために、俺はこんなことをしているのだ。

 

そして、そのためには両儀式が必要だった。

少女を虐げ続ける、あいつらを殺すために。

 

だが、まずこのままにしていたら確実に失血死で死んでしまうということだ。

ひとまず、あの魔術師のところに置いてきて、治療させようか。

そして、一番邪魔なのは、あの魔術師だ。

 

 

僕は彼女に出会ってから、彼女のことをよく調べた。

その中の一人は一般人。もう一人は魔術師見習い。そして、魔術師。

裏ルートの情報によれば、優れた霊脈を管理する一族の長女。魔術師としては最高位の人形遣いという称号まである厄介な女魔術師………―――――蒼崎橙子。

 

まずは、あの女から殺したほうがよさそうだ、とそこまで考えて、夜が終わりかけてることに気が付いた。

 

善は急げ、だ。

僕は、軽くなった両儀式を抱えて路地裏から飛び去る。向かうは忌々しい結界のある、あの建物。ここからそう遠くない。

 

しかし、あの結界は、侵入者が来たら本人にすぐ伝わるだろう。

 

仕方ないから、近くへ置いていく事にした。

「まぁ、あの両儀だ、簡単に死ぬわけ無いか」

 

 

つぶやいて、月を仰ぐ。

目的地はもうすぐ。

恐ろしい殺人鬼から、か弱い女に変わってしまった両儀式を抱えて、僕は夜も終わりに近い、明けてきた空をただ無言で飛んでいた。

 

ある、少女のことを想いながら。

 

*****

Touko side

 

式が血だらけで運ばれてきてから数時間。

すっかり、外は夜の闇に支配されていた。

 

そのなかで、蒼崎橙子は無言で両儀式の横についている。

 

その顔は真剣そのものだった。

 

(できる限りのことはした。だが、あまりに酷すぎる)

両儀式の体についていた傷は消えた。だが内臓損傷のほうは、もうどうしようもないほど傷つきすぎている。

手遅れ………―――――、という最悪の展開を蒼崎橙子は振り払った。

両儀式が死んだら、大変なことになる。

そう、分かっているからこそ、どうすればいいのか、分からなかった。

 

臓器の復元には膨大な魔力がいる。

しかも、臓器の復元をしながら、代わりの臓器で補わなければならないという二つの同時作業はあまりにも負担が大きい。

しかし、自分がやらなければ、いずれ両儀式は死ぬことになる。

(そんなことは分かっている、問題なのは)

もしかしたら、それが狙いである可能性がある、ということである。

最近、何かの視線を感じていたが、見ているだけならいいと思ったが、もしかしたら式をこんな姿にしたのも、大規模な魔術を行わせて魔力が減ったあとに始末するつもりなのかもしれない。

そう考えると、軽率に行動するのはあまりにも危険だ。

 

仮にも、式をこのような姿にした奴。

 

どのような力を使うか分かったものじゃない。

せめて、それさえ分かっていたら。

 

(……―――迷うのは私らしくない、な)

 

苦笑して、術式の準備をした。

というか、もう既に準備は整っている。

代わりの臓器は、私が作った人形に魔力を通して機能させるとして、あとは私が魔力で式の臓器を治す。

 

 

それ自体に、大して時間はかからなかった。

 

 

 

 

「お、おわったか」

大きく深呼吸をして、式を見る。

我ながら最高の出来だった。あとは式が目覚めれば事情を話してもらって、それで……。

「うっ……っ」

式が起き上がった。

私は驚いていた。何故ならこんなに早く意識を取り戻すことなどありえないのだから。

 

式は、意識が朦朧としているのか、それとも、そう、何かに操られている傀儡のように、虚ろな瞳をしていた。

 

何かに、操られている?

 

まさか……。

 

そう気づいたとき、式の額に青白く何かの呪が浮かび上がった。

式は、体を沈める。

その手には、いつの間に取ったのか、メスが握られていた。

「式、お前、まさか」

想像は正しかったのだ。

式は操られている。たぶん猟奇殺人事件の犯人によって。しかも、相当強い呪だろう。

式が操られるぐらいなのだ。

初心者のものではないに違いない。

恐らく、建物の外に張っている結界の中に入れないことを知って、式を私が治すであろうとの前提で式に呪を刻んだのだろう。

 

私を殺すという、呪を。

 

式は低姿勢のまま、メスを振り上げる。私は避ける事しか許されない。

「アンザス」

持っていたタバコの火で、呪文を空に描く。

そうすると螺旋状の光線が式に向けて放たれる。

 

しかし、式はそれをメスで殺した。

私は、式の振るうメスを避け続ける。

魔力が減りすぎて、もうさっきのは、使えない。だが使い魔も持ってきていない。

 

絶体絶命だった。

 

じりじりと後退する。

背中が窓に当たった。

どうやら、この手しかないようだ。

式の魔眼にやられるよりはマシかもしれない。あれは、私の体どころか、魂まで焼き尽くすだろう。そうしたら、代わりの人形に乗り換えることはできなくなってしまう。

私は、後ろに手を回して、窓に触れる。

ぎしっ、と窓が軋んだ。

それと同時に式が私の元に走り寄ってきた。

 

「っ!」

 

メスが顔面すれすれのところを走る。私は、後ろへ身を翻した。

窓のガラスが割れる。

 

無重力、足場の無い感覚に気を失いそうになる。

 

そう私は、窓から身を投げていた。

しかし、そんな不安定な足場も長くは続かない。私は自分の体が潰れたような、嫌な音を他人事のように聞いて、意識を閉じた。

 

 

*****

Mikiya side

 

式を治すため、隣の部屋に橙子さんがこもってから数時間。既に外は暗い闇に支配されつつあった。

僕は、鮮花とともに、そんな気まずい数時間を互いに無言で過ごしていたのだ。

会話は成り立たない。もはや、式の事で頭がいっぱい過ぎて、何も考えられない。

目を閉じれば、式のあの姿。

ズタズタで、痛々しい姿は過去に一度見たきりだった。

式を失うかもしれないという虚脱感は、今回のほうが大きい。

 

あの時は、お互いが重症で、式を失うという意味は考えていなかった。

そんな余裕が無かった、とも言うが。

 

しかし、今は分かる。

あの傷では助からない。

 

それでも、生存の可能性がほんの1%でも、それにかけてみる、と橙子さんは言っていた。僕は、その言葉にすがりつくように、数時間必死に願い続けていたのである。

 

―――式を助けてください、と。

 

実に自分らしくない願い方である。

別に僕は仏を信じているわけでも、神様に頼っているわけでもなかったが、今回ばかりは願わずに入られなかった。

 

「ねぇ、兄さん」

鮮花は苦々しく机と睨めっこしながら、口を開いた。

声色は悲哀。

悲しげにゆれている。

 

一瞬……――――泣いているのかと思った。

しかし、顔を上げたその頬に涙は無い。

見間違いだったようだ。

 

「なんだい」

僕は短く答えた。

鮮花は言い難そうに、再び俯く。何だというのだろう?

 

その事を聞こうと口を開きかけた時、何かが割れるような音がした。

恐らく窓が割れたのだろう。

そこで、僕は疑問に思った。一体どこの窓が割れたのか、と。

 

答えは簡単だった。

隣の部屋からだ。

 

そう考えたとき、隣の部屋へ続くドアが勢いよく開かれた。

そこには、信じられないことに式がいた。無傷の式が、片手にメスを握って立っている。

僕は思考が止まってしまっていた。

考えられない。

奥の部屋がかなり荒れていることも、どうして式がメスを握っているのかも、どうして橙子さんがいないのかも。

 

何も考えられなかった。

ただ、僕は式が明確な殺意を僕たちに向けている事しか分からない。

途端に、僕は式が怖くなった。

 

「兄さん!逃げてください。たぶんこれは式ではありません」

鮮花は式を見据えたまま、叫んだ。

その手にはいつの間にか皮手袋が嵌められていた。

 

「……、式じゃないってどういう意味だ?だって、式は―――――」

「額のあれは恐らく印です。式は誰かに操られているんです!たぶん、例の連続殺人事件の犯人に。だがら、逃げてください!式は私がひきつけますから」

 

その言葉に僕は卒倒する。

式が誰かに操られていて、僕たちを殺そうとしていること、そして、橙子さんがいない訳、すべて分かってしまったからだ。

橙子さんは式にやられたに違いない。

もしくは、窓から身を投げたか。

しかし、どちらにせよ絶体絶命だ。僕は一度式の獣のような疾走を体験している。体験しているから分かる。僕と鮮花では、歯が立たない。

 

しかも、一番頼りになる橙子さんがいないこの場では、もはや、生存は絶望的だろう。

それでも―――――、

「早く!!」

鮮花は諦めようとしなかった。

 

僕は、鮮花に背を向けて走り出す。

何もできない僕の、不甲斐無さを呪いながら。

 

 

階段を下る。

一生走れないと言われた足を酷使して、必死に動かす。

ズボンの膝あたりが何かで濡れていたが、考えないことにした。

たぶん、見てしまったら、諦めてしまう。

だから、僕はわき目を振らず、ただ前を見て走り続けた。

じゃないと、命がけで僕を逃がしてくれた鮮花に申し訳ない。早く外に出て―――――。

 

そしてようやく出口が見える。

僕はドアを開けて、外へ飛び出た。

 

が、

 

 

その外が、赤い靄に支配されていた。

いや、正しくは僕自身が赤い靄に包まれていたのだが。

どちらにせよ、僕の全身から力が抜けていた。

まるで体中の世紀を抜かれたような感じだ。

とにかく、体が思うように動かなくなってしまっていた。

 

「君が、連続殺人事件の犯人か………、式に何をした?」

しゃべる事はできたので、目の前に現れた男を見据える。

男は人のよさそうな笑みを浮かべながら、くすくす笑った。

「自分が危機的状態にあるのにかかわらず、彼女が心配か?どうやら、彼女に好意があると思われる。だがな、あいつは俺のものだ。俺のパートナーとしてもらっていく。

………―――――はっ、いいじゃないか。最高の殺人鬼と、殺人狂。最高のカップリングだろう?一般人とのカップリングは両儀式には似合わない。お前みたいなやつとはなっ!」

 

甲高い笑いが辺りに響き渡る。

僕は、自分の状況とか、そんなこともほっといて、本気でこいつを憎んでいた。

人を憎むことなんて今まで無かったが、さっきのはさすがの僕でもカチンとしたのだ。